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数日後、さっそく老人から手紙が届いた。内容は、どこをどう見ても近況報告にしか見えない。しかし、マリアはディスクの内容を念入りに何度も消去処理してから立ち上がった。 「ルカ、行くぞ」 「え、どこへですか」 「サンゼント・ストリートだよ、決まってるだろ」 「・・・暗号だったんですか、今のメール」 「お前も頭が悪いな」 呆れたようにため息をつき、マリアはルカに解説してやった。 「ジュディがサンゼント・ストリートで、ルイエ産の綺麗な腕飾りを見付けたそうです。・・・ジュディはまだ三歳だぞ、二キロも先のマーケットまで行けるかよ」 「あ・・・じゃあ、そのまんまなんだ」 「ルイエ産の腕飾り、要するにルイエ人の容疑者らしき人物を見たってことだよ。俗語を混ぜただけだ、別に暗号でもなんでもない」 「なるほど、暗号だと忘れちゃったりしたら困りますもんね」 論外だ。マリアは黙ってルカをぶん殴った。 サンゼント・ストリートには、有名なブラックマーケットがある。すぐ近くには正規のマーケットもあることから、警官や公務員達も半ば公然と利用する、かなり大きなマーケットになっている。 そのマーケットに、小柄な少年が現われた。物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していたが、やがて店番の男に怖ず怖ずと声をかけた。 「あのう、この辺りにルイエ訛りのある人がいるって聞いたんですけど・・・」 「ルイエ訛り？お前さん、レブラに何か用かい？」 「ええ、そのひとが、お小遣い稼ぎになる仕事をお世話してくれる、って話を聞いたものですから」 「ふうん。・・・」 店番の男はじろじろと少年を見ていたが、やがてため息をついた。 「たぶん、お前さんじゃあダメだと思うぜ。キツい、体力の要る仕事らしいからな」 「あの、実は僕がその仕事をするんじゃないんです」 「なに？」 「学校の先輩が・・・僕の学校はミラド・ストリートにあるんですけれど、先輩のお使いで来てるんです」 男の目が鋭く光る。ミラド・ストリートといえば、チンピラ予備軍とも言える札付きの高校生達がたむろして、暴走行為や恐喝、暴行などを繰り返している悪名高き町だ。 「ミラド・ストリートのごろつきか。なるほど、坊やはそいつらの使いっぱしりで来たわけだな」 「はい、絶対話をつけてもらえって・・・ご紹介いただけるでしょうか？」 「たぶん、大丈夫だと思うぜ。待ってな、レブラを連れてきてやるよ」 男は手早く売り物を片付けてしまうと、さっと立ち上がって人混みに紛れて行った。つまりは、男はレブラとの繋ぎをしていたわけだ。 五分と経たないうちに戻ってきた男は、痩せた男------レブラを連れていた。まだ若く服装や物腰からも、レブラも本当の「雇い主」ではないことが窺い知れた。 「坊主、お前か」 「はい、あの・・・僕はお使いなんですけど」 「ああ、聞いた。で、お前の兄貴分てのはどこにいるんだ？」 「ここから五分ほど歩いたところに・・・イーストサイドの裏小路に」 「そうか」 さっさと一人で歩きだそうとしたレブラに、少年は慌てて声をかけた。 「あ、あの、僕は案内しなくてもいいんですか？」 「ん？ああ」 レブラは振り返ると、ジャケットの内側からカードを一枚取り出して少年の手に渡した。 「少ないが、小遣いだ。とっときな」 「でも・・・」 「その代わり、お前はもう帰るんだ。俺の名前も顔も忘れる、兄貴分がどんな仕事をするのかも、お前にはもう一切関係ねえ」 「・・・はい」 忘れなければ、どうなるかわかっているな------レブラの表情を読み、そしてミラド・ストリートに住む人間として、彼らの世界の「常識」を嫌というほど叩き込まれている少年はこっくりと頷くと、二度と振り返らずに去っていった。 「・・・ふん」 ナリばかり大きくて、全ては自分達の思い通りになると思っている、小賢しい子供達。都合のいい道具にされ、邪魔になれば捨てられることなど考えてもいない愚かな自信家達。 「まあ、そのおかげで俺達の手が後に回らないんだけどよ」 レブラは皮肉な笑みを浮かべ、肩をそびやかすようにしてサンゼント・ストリートのイーストサイドへと歩いていった。 裏小路はどこも薄汚くて、光もあまり差さない。都市の中心部にそびえ立つ超高層ビルの群は、一キロ先までを一日中日の光が当たらない薄闇の町に変えてしまっている。そこには金も、腕力さえ持たない人々と、太陽の下を歩けない犯罪者が集まってくる。 レブラが歩いていても、誰も注意を払わない。シンジケートのメンバーが歩いていたところで、みんな素知らぬ顔だ。たまに勇気のある、生活に困窮している素人がその首に掛けられている懸賞金のために銃を向け、反対に細切れ肉にされる光景が見られる程度だ。 イーストサイドの裏小路を歩いていたレブラはとうとう袋小路にまで入り込んでしまった。 「ちっ、一体どこにいやがるんだ」 やはり、あのチビに案内させたほうが良かったか。あんなチビでもミラド・ストリートの人間だ、わざわざ面倒な口封じなどしなくても口を割ることはないと考えてのことだったのだが・・・大事の前に無用の犯罪を起こしてゴタつくのを避けたつもりだったが、もしかしたらうまく引っ掛けられたか。 「けっ」 もう少し探していなければ、あきらめよう。レブラが踵を返すと、・・・・・ 「・・・あひいっ！」 「待ってたぜ」 額に銃口が押しつけられる。二人並んだ人間の頭も、軽く西瓜のように吹き飛ばしてしまうという、四十五口径の大型銃を突き付けられ、レブラはがたがたと震えていた。 相手が同じようなチンピラなら、懸賞金稼ぎの素人なら、いくらでも反撃してやる。だが、銃を構えているのはシンジケートの首領クラスの、いや、恐ろしさではその上を行く人間だ。 たった一度だけ、レブラの兄貴分が捕まえられた現場に居合わせたが、とても正視できる光景ではなかった。散々殴られて歯を折られ、腕を折られていた。逃げようと抵抗する素振りを見せると、両足を銃で撃ち抜かれていた。 あいつにだけは、捕まりたくない。あいつにだけは、見つからないようにしよう。レブラはそう固く心に誓った。 「レブラ、久しぶりだなあ。メルをパクった時以来じゃないか？」 「ひ・・・」 「なんだ、忘れたのかよ？」 忘れるはずがない。 黒い髪、強い光を放つ緑の瞳、長い髪をかきあげる仕草------そして、四十五口径の大型銃を軽々と扱う腕前。シンジケートの首領でさえ一目置き、畏怖しているデノン・タウン随一の連邦捜査官、マリア。 「その顔だと、覚えているみたいですよ」 パニックに陥っているレブラの耳に、聞き覚えのある声が入ってきた。 「あ・・・お前は、・・・！」 マリアの後に、ミラド・ストリートの住人だといっていた少年が立っていた。ではこいつがマリアに頼まれて嘘の情報で俺を呼びだしたのか？ 「俺を騙しやがったな！」 「はい」 騙された、という腹立ちをそのまま声に乗せて恫喝しても、少年はけろりとした顔で受け流した。 「仕事ですから」 「し、仕事？」 「こいつはあたしの新しいパートナーでな。お前はガキと言ったが、歳はあたしより上だ。言葉遣いに気をつけた方がいいぞ」 自分のことを棚にあげ、マリアは笑って少年------ルカのことを持ち上げた。 「さて、世間話はこれくらいにしよう。レブラ、お前、もうあたしの用事はわかってるよな？」 「な、何のことだよ」 「とぼけることないだろ？」 レブラの顔すれすれに四十五口径の鉛弾が通り過ぎていく。発射時の火薬の爆発熱が頬を掠めた気が、した。 「次はお前の頭かもしれないなあ」 「お、俺が死んだら、あんたの知りたがってることは永遠に聞けないぜ」 マリアが頭を射ち抜くといったら、絶対に射ち抜く。そのことを嫌というほど知っているレブラは、賢く命乞いをしたつもりで引きつった笑いを笑った。 「じゃあ、足にしようか？」 小首を傾げてレブラ本人に聞くマリアは、とてもそんな恐ろしいことを考えている刑事には見えない。顔や身体は、最高級にいい女なんだが・・・もちろん今は、とてもそんな呑気なことを考えていられるような状況ではなかったが。 「足だったら、何発撃ち込んだって平気だもんな」 「や、やめてくれ！」 「早く言っちゃった方がいいですよ、マリアさんって、言うことはメチャクチャですけど、することも同じくらいメチャクチャですもん」 ルカが全く慰めにもならない忠告をしてくれる。高校生のような顔をしているくせに、平気でマリアの相棒を務めているということは、やはり同じようなイカれた刑事に違いない。レブラは悲鳴のような声を上げた。 「わ、わかった、言うよ！」 「最初っから素直に言やあいいんだよ」 「その代わり、俺も連れていってくれ！」 「交換条件かよ、気に入らねえな」 「俺がばらしちまったことを知られたら、殺される！」 「・・・いいんじゃないですか？」 ルカがにっこり笑った。 「どうせ片棒を担いだってことで逮捕される身なんですから、今だって後だって、同じですよ」 「ふん、別にこんな野郎、逮捕したって仲間割れで殺されたって、大してかわらねえよ」 「変わりますよお」 どうやら、マリアはルカの意見には少しは耳を傾ける気があるらしい。二人の会話を聞いたレブラは、本能で二人のお互いに対するスタンスを捉えたらしい。いまやルカはレブラの唯一の救いだ。縋るように見つめるレブラの視線を意識したかどうか、ルカは諭すようにマリアに言った。 「捕まえるのと、射殺するのとでは、点数がずいぶん違うんですから」 「点数？そんなもん、あるかよ」 「成績じゃなくて、心象ですよ。いざという時に、かなりわがままも通せますよ、その方が」 「・・・ふうん」 成績がどうということよりも、わがままを通せるという所が気に入ったらしい。マリアは引き金を引く代わりに手錠を出し、レブラの手首にかけた。 「よかったなあ、ルカがいてよ。あたしだけだったら、この場でこの世とおさらばしてたかもしれないぜ」 「は、はい」 「さあ行こうか。知ってることは洗い浚い話したほうが身のためだぜ」 「そうそう、マリアさんの射撃の的にされたら痛いですよ、きっと」 ルカが横からまたおかしなことをいう。 誰の的にされたって、痛いに決まっている。大体、射撃の的にされて、痛いだけで済むのならもうけものだ。レブラはおとなしく、二人の刑事に従うことに決めた。 |