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捜査は順調だった。身分証を提示し、死体の詐取および死体損壊事件の犯人を捜している、と言えば誰もが気味悪がり、こちらが何か言い出す前に進んで研究施設内を案内して回った。 残念なことに（？）二つの施設は農作物の遺伝子改造による量産種の開発とコンピューター開発の研究を手懸けているもので、動物の遺伝子や細胞を扱うものではなかった。あまりに順調すぎて、このまま何の手がかりも得られないのではないかとがっかりしながらも、最後の施設に入ろうとした時である。 「総合警察庁本部勤務、刑事課の者です。事件捜査のために協力を要請します」 「・・・返事がねーな」 「誰もいないんでしょうか？」 「役所じゃあるまいし、さっさと五時に帰る研究者がいるかよ！居留守に決まってんだろ」 「ちょっとマリアさん、何するんです？！」 「無理矢理押し入る他に何をしようとしてるように見えるんだ？」 身軽に柵を乗り越え、地面に着地した瞬間、宅地ガード種の犬が威嚇の声も発さずにマリア向かって飛び掛かってきた。 「な、なんだ、こいつら？！」 「マリアさん、屈んで！」 ルカの声に従い、身を屈めながら銃を抜いたが------ 「マリアさん、怪我は？」 「・・・ない」 銃で鍵を打ち抜き、扉を開けると、マリアは感心しながらルカの手にある銃を見つめて言った。 「お前、なかなかいい腕してるな」 咄嗟に、しかも違方向から飛び掛かってきたガード犬三頭を、ガン・ホルダーから抜きざまに一発で仕留めてしまった。マリアも銃の腕には自信があるが、今のルカほど手際よく鮮やかに、しかもあんなに小さい銃で致命的ダメージを与えることが出来るか、と問われると少々自信がない。 「そりゃ、人間何か一つ取り柄がないと淋しくって」 「よく言うよ。なーにが『恐くって忘れてた』だ」 「え、だってあれは」 昼間のこと、とは言っていないのに、間髪入れずに決まり悪そうにごにょごにょと言い訳をしだしたところを見ると、やはりあの言い訳は口先だけのものに過ぎなかったのだ。 「どうしてはっきりと流れ弾が人質に当たるのが恐かったからだ、って言わなかったんだ？同士討ちを避けるために銃を使えなかったんだ、って言えばよかったじゃないか。おかげでお前はすっかり臆病者扱いだぜ」 「そりゃあ、まあ」 「お前、悔しくないのかよ？誤解されっぱなしでさ」 「えー・・・でも、本当に僕は銃よりあっちの方が得意だったんで、あのカーテンの切れ端を使っただけですしね」 「あの、新体操みたいなモンの方が、か！」 「それに・・・」 ルカはそこで、はにかんだ微笑を浮かべた。 「マリアさんがわかってくれてるから、別にいいんです」 こいつは。 思わず赤面してしまうのが自分でもわかった。 可愛すぎる。欲がなさすぎる。こんなことで、本当に刑事としてやっていけるんだろうか、こいつは？いや、・・・やっていけないなら、守ってやればいいか。 今まで本当に正義感だけから犯罪者達を捕まえようとして追い掛けていたのかと問われたら、「その通りだ」と答える度胸は、ない。マリアは基本的には、人間が嫌いだ。裏切られ、傷つけられてきた思い出しかない。 幼い頃はただ泣いて、諦めて、忘れるしかなかった。だが、すぐにマリアは泣くことをやめた。いや、泣くことすら忘れたと言ったほうが正しいのかもしれない。自分を傷つけようとするものから、敵から自分を守ることができるのは自分だけしかいないからだ。 いつまで泣いていても、誰も慰めてくれる者はいなかった。親のいないマリアにとって、頼れるものは自分だけだった。他人を傷つけるための暴力はふるわなかったが、自分を傷つけようとするものは------謂われなく襲いかかってくるものは、本気で排除した。マリアが刑事になったのも、「自分を守るため」という理由が一番大きかったのは、動かしようのない事実だった。 そんな自分が、誰かを守ってやろうと思うなんて。 「まあそんなこと、いいじゃないですか」 ルカはしげしげと自分を見つめるマリアの視線を勘違いしたらしく、恥ずかしい話題を早く終わらせようと話をそらせた。 「それにしても、この番犬、殺人モードでしたね。吠えかかりもせずに、侵入者に・・・マリアさんに襲いかかってきましたよ」 「何か、よっぽど他人には見られたくないモノを創っていらっしゃるんだろ。行くか、ルカ」 「はい」 インターホンも付いてはいたのだが、どうせ礼儀正しく押してみたところで、同じように礼儀正しく迎え入れてくれるはずがない。マリアは銃を取り出し、軽く握り締めた。 「ルカ、ちゃんとついてこいよ」 「こ、こんな時になんですけど、自信がまったくありませんっ」 「死にたくなきゃ、死んだ気でついてこい」 「む、矛盾してます、マリアさん」 「やかましい！いちいち揚げ足取りまでしなくていい！」 昼間と違って、本当に緊張して震えているくせに細かいことを言うルカに、マリアは腹を立てて口を捻りあげてやった。 「いででででっ、無茶しないでくださいよぉ」 「お前、レーザーガンで手足をぶち抜かれて、ガード犬に体中引き裂かれて、ナパーム弾で丸焼きにされた挙げ句に下りてきた隔壁に挟まれて圧しつぶされて死ぬのと、ただ口を捻られるのと、どっちがいい？」 「・・・マリアさんの意地悪っ！」 「ほら、行くぞ」 マリアはルカに玄関口の脇の方へ下がっているように指示すると、錠を射ち抜き、扉を蹴破った。中は恐ろしいほど静まり返っていて、反撃はもちろん、物音一つしなかった。薄暗い非常灯しかついていない廊下が真直ぐ続き、闇の中に消えている。 「・・・誰もいないんでしょうか？」 「油断するな」 そろそろと中へ入っていく。扉は念のため、開け放したままにしておいた。 「何だか、妙な匂いがしませんか」 「ああ」 何かが腐った匂いだ。それも食物が腐ったような、すえた匂いではなく、動物が------人が死んで腐った匂いだ。扉を一つ一つ開けていったが、怪しいものは見当らない。ありふれたビーカーやフラスコといった実験器具の倉庫や、白衣、マスクといった衣服の倉庫と滅菌室。奥へ進んでいくにつれ、異臭が強くなっていく。 「・・・誰の匂いなんでしょうね？」 誰の、と訊いたところを見ると、ルカにもこの匂いの意味がわかっているのだろう。 「・・・同僚の・・・」 「え？」 「ここの研究者たちのものじゃないことを祈ろう」 「・・・」 その時、小さくチチチ、と電子音のような音がマリアの耳に響いてきた。もしや、と思うよりも体が先に反応していた。 「ルカ、伏せろ！」 「え？！」 ルカを押し倒すようにしてその場から離れるのと同時に、じゅっと音がして廊下に穴が開いた。あの電子音がまた響いてくる。無理矢理ルカを引きずり起こし、腕を引いて走りだした。 「走れ！」 「な、何でしょうか？！」 「赤外線探知式のレーザーだ！畜生、たかが研究施設になんでこんなモンが設置されてるんだよ！」 耳障りな電子音が引っきりなしに二人の耳に届いてくる。赤外線探知機とレーザーガンとは別の場所に設置されているらしく、電子音がする場所とはまったく見当違いの所からレーザーが発射されてくる。一瞬迷ったが、マリアはルカに叫んだ。 「ルカ、探知音がする場所を撃て！」 「で、でも」 「探知機がなきゃあ、ただの屑鉄だ！」 性能がいいものになると、探知機がこわされてもカメラで「動く標的」を狙うようセットされているものもあるのだが、そこまでのものとなるとかなり高価で、一流の大企業や都庁などといったところでなければ設置されていないし、この際、探知機を壊して少しでも危険を回避した方がいい。マリアの読みを察したのか、ルカは走りながらも懸命に探知機を狙って射っていった。この調子で行けば、なんとか無傷で犯人と対決することが出来るかもしれない------そう思った次の瞬間、赤い小さな光がマリアの目を射た。 「・・・うそ！」 いやな予感が的中した。ルカを抱いて廊下を転がったマリアの足元に、炎の固まりが降ってきた。油の匂いが鼻をつく。 「ま、マリアさん、な、ナパーム！」 「うるさい、言われなくてもわかってる！」 「マリアさんが変なこと言うから！」 「難癖を付けるな！ガード犬は出てこなかったじゃないか、あたしのせいじゃない！」 「そういう問題ですか？！」 「グズグズするな、来るぞ！」 ルカの額にトレースのレーザー光線が照射される。休む間もなく走り、炎に追い立てられて服は焼け焦げ、顔や手足が煤けてくる。さすがのマリアも息が上がり、苦しくなってきた。小柄で体力のないルカも辛そうに喘いでいる。走るペースが落ちてきたルカの腕を掴むと、何か言いた気な視線をマリアに向けた。ただでさえ苦しいのに、ルカを引いて走れば共倒れになる危険がある、それを言いたかったのだろう。ここで二人とも倒れてしまうよりは、一人でも助かって、そして犯人を捕らえるのが刑事としての義務だ。 しかし、マリアは黙ってルカの手を引き走り続けた。余計なことを考える余裕があるなら走れ、ということである。マリアの言わんとすることがわかったらしく、ルカは黙って走り続けた。 気が付けばいつの間にか、レーザー光線とナパーム弾の攻撃が止んでいる。ほっと息をつきかけた時、ルカが足を滑らせて転倒した。 「おい・・・ル・・・カ」 「すみませ・・・」 荒い息をつき、ルカの肩を叩く。煤で汚れたルカの顔が、青ざめている。苦しげに喉元を押さえ、喘いでいるのを見て、ルカにとっては体力の限界以上の運動を強いられていたことに気付いた。確かにマリアは女性としては相当の体力を持っているし、男性と比較しても決して引けを取らないから、単純に決め付けることは出来ない。だがそれにしても、ルカの体力のなさは少しおかしいのではないか？ 「お前・・・どこか、悪いのか」 「え・・・？」 命懸けの疾走だったとは言え、この消耗は異様だ。どこか体に異常があるのではないだろうか。しかし、ルカは苦しげに笑ってみせた。 「下り坂・・・」 「は？」 「体力、の、下り坂ですよ・・・もともと、体力はない方でしたし」 「・・・お前、それは皮肉か」 「えっ、ど、どうして？」 「ふん、冗談が言えるようじゃ、まだ大丈夫だな」 ほっとして立ち上がり、ルカを立たせようとした時、火事などの非常時に各ブロックを遮断するための隔壁が下りてきた。 「しまった・・・！」 閉じこめられたら最後、管理者が開放してくれない限り、干物になるまでここにいるしかない。扉が下り切る、と思った次の瞬間、ガキッという奇妙な金属音がした。 「マリアさん、銃を！」 ルカが銃を滑らせ、扉との間に噛ませて完全に下りてしまわないようにしたのだ。代わりにマリアが持っている銃をよこせ、と手を延ばしてくる。 「毒ガスが出てくるかもしれません、はやく銃を！」 「・・・お前には無理だ」 何しろマリアの持っている銃は、体格のいい男性でも反動で肩の関節が外れることも珍しくないという大型銃だ。ルカが撃てば肩の骨が砕けるかもしれない。 「どこを撃てばいいんだ？！」 「あの四角い蓋を、・・・カバーケースを撃ってください！」 「了解！」 天井部の、十センチ四方の薄いプレートが被せられている箇所を打ち抜くと、バチッという音がして火花が散った。青い火花がパチパチと散っている。 「これで、手動で動かせるようになったはずです」 「よし、やってみよう」 扉はかなり重かったが、なんとか人が屈んでくぐり抜けられる程度に引き上げることが出来た。次の扉の横には運よく、ブロック全体の隔壁の開閉をコントロールするパネルがついていた。 「良かった、このパネルはまだ生きていますよ」 「お前、そんなものよく知ってたな」 「え？ええ、だって・・・」 言葉の途中で、ルカは息を呑んだ。開いた扉の向こう側から、風を捲いてガード犬がルカの喉笛目掛けて飛び掛かってくる！ 「ちっ・・・！」 「ま、マリアさん！」 まったく油断していて、身動きすら出来なかったルカを、マリアは身を挺して庇った。鋭い合金の爪がマリアの背を切り裂く。大昔の刑事ならば、口に拳を突っ込んでやったところだろう。拳で気道を塞ぎ、窒息させると失神してしまい、こちらは大した傷を負わずに倒すことが出来る。しかし、度重なる戦争と飢饉、自然破壊のために野性動物はもちろんのこと、犬や猫といったペット、家畜にいたるまで殆どの種が絶滅してしまい、今は人間以外の動物は特別保護区に集められ、細々と生き長らえているにすぎない状況にある。マリアなど、生きた動物の姿はほんの数回しか見たことがないくらいだ。金持ちの愛玩用ならともかく、たかが「番犬」に本物の犬を使えるはずがない。 脳は光るダイオードとＩＣチップ、筋肉は特殊繊維の束、爪と牙は特殊合金で出来ている「ガード用アンドロイド犬」が相手では下手に口の中に拳など突っ込むと骨も砕かれ、食い千切られてしまう。 ガード犬に襲われた時に取るべき行動は、食い付かれないように、肉を爪で抉られないように身を躱すこと、もしくは「諦めること」である。 「マリアさん、血が・・・！」 「他人の怪我より、テメーの命の心配してろ！」 四頭のガード犬が低いうなり声を上げ、今にも飛び掛かからんばかりに頭を低く下げている。とても金属製とは思えない体が、不気味に黒光りしている。四頭の配置が目まぐるしく変わり、こちらに反撃の隙を与えない。それどころか、考える時間も与えず、攻撃を仕掛けてくる。 右手からマリア目掛けて飛び掛かってくる。一瞬置いて、左手からも鋭い爪が、牙が迫る。紙一重でかわしたその先へ、正面のガード犬が攻撃を仕掛けてくる。 「このヤロー！」 銃の台尻でガード犬の眉間を殴り付けるが、キャンともいわず飛びすさり、また低く唸る。ダメージを受けていないわけではないだろうが、生きものではないだけに痛みを感じないというメリットがある。徹底的に、動けなくなるほどのダメージを受けるまでは、痛みも、恐怖も感じない殺人ロボット。こんなことを続けていれば、マリアの方が先にへたばってしまう。しかもマリアにはルカという守るべき者までついているのだ。 「マリアさん、銃を使ってください！」 「馬鹿、お前に当たるだろ！」 「かまいません、このままじゃマリアさんが・・・！」 巧みな連携プレーでマリアとルカを引き離す。たかがガード犬にはめられてしまっているとわかっているのに、どうしようもない。マリア一人に掛り切りになっていると見えていたガード犬の一頭が、突然ルカに向かって飛び掛かった。今までのルカとマリアの動きから学習して、弱者はルカの方だと判断したのだろう。 「ルカ・・・！」 やられる・・・！ 壁ぎわに立ち、後がないルカと、鉄をも切り裂く合金の牙と爪を持ったガード犬。誰が見ても、勝敗は明らかだ。マリアの脳裏に、自らの血に塗れたルカの無残な死体が浮かぶ。 しかし、軍配は、ルカに上がった。ガード犬の牙がルカの喉に食い込む寸前、信じられないような柔らかい身のこなしで、ガード犬の攻撃を避けたのだ。勝利を確信していたガード犬は突如目標を失い、しかし避ける術もなく壁に激突した。 腕利きの刑事さえてこずる、場合によっては命を落としかねないほどの攻撃力とスピードを誇るガード犬は、ご自慢のそのパワーとスピードによって自らの寿命を縮めてしまった。あまりに強い衝撃のエネルギーが、鉄の城塞に守られているコンピューター脳の電気の流れに異常を起こしてしまったのである。 次々と襲いかかってくるガード犬を、ルカは鮮やかな・・・というよりは軽く、柔らかい身のこなしで巧みに躱していった。決してスピードは早くないが、相手の動きを読み、攻撃を避けるタイミングが絶妙で、ガード犬に付け入る隙を与えない。 不意にルカが、流れるような動きでマリアの傍に近付いた。 「マリアさん、今です！」 語尾が銃声にかき消された。二人が背中合わせに立つ位置ならば、銃で攻撃しても同士討ちになるようなことはない。もし狙いが外れたら・・・どちらかが、背中から飛び掛かってきたガード犬に食い千切られる。しかし仕掛けたルカはもちろん、マリアも躊躇うことなく背中を相手に任せた。互いに、必ず守ってくれることを知っているから、信頼したから------ 真っ正面から飛び掛かってきたガード犬の口腔内に一発お見舞いする。構造上、口の中が一番動力源に近く、ダメージを受ければ致命傷（？）になる確率が大きいのである。そこをマリアの大型銃で打ち抜かれたら、例え命のないアンドロイドといえども機能を停止せざるをえない。ほぼ同時に左手から飛び掛かってきたガード犬を続け様に撃ちぬく。相手が一、二頭では、マリアの方が断然有利だ。何しろ、刑事になった次の年から射撃訓練の成績は常に一、二位から後退したことはないのだ。三頭や四頭では無理でも（それもルカつきで、だ）、一対二では勝つ自信がある。 自分の前にいた二頭を倒したとき、マリアはふと嫌な予感がした。 あいつ、大丈夫だろうな？研究所の敷地に侵入したときに見せた銃の腕といい、先程の身のこなしといい、案外見かけによらず「使える」ヤツだとわかったが、肝心なところで失敗をやらかしそうなヤツでもある。こんな命にかかわる大事な場面で、「あれ、失敗しちゃいましたあ」などと言われた日には、それこそ背中はもちろんのこと、全身ズタズタにされてしまう。それだけはまだ、勘弁してほしいところだ。 「ま、マリアさんっ！」 「お、おいっ！」 物凄い勢いで、背中に何かがぶつかってきた。慌てて振り向くと、眼孔から青い火花を散らしてガード犬がのしかかってきた。 「た、助けてください」 「このヤロ・・・なんだ、もうぶっつぶれてんじゃねーかよ」 「物凄い勢いで僕に突っ込んできたんですよ。機能を停止させたのはいいんですけど、避けきれなくて・・・とっても重いんですよ、見てないで早くどけちゃってくださいよ〜」 壊れて火花を散らせているガード犬の下敷きになって、ルカはひーひーうめき声を上げていた。確かに見かけは「重そう」だが、実際は本当に、しかも見かけ以上に「重い」のだ。何しろシェパード種くらいの大きさで、百二十キロもあるのだから。そんな重さのガード犬が風を捲いて飛び掛かり、牙や爪で攻撃するというのだから、並みの人間では太刀打ちできないのも当然だ。 「びっくりさせやがって・・・！何がどけちゃってください、だ、テメーで勝手にどけちゃってくれ」 「そんなあ〜、僕つぶれちゃいますう〜」 ため息をつき、振り返ったマリアはぎょっとした。 ・・・笑ってやがる。一瞬タイミングが外れたら確実にあの世行き、という攻撃をくぐり抜けてきたばかりだというのに。こいつ、一体何者だ？ 「ねえマリアさん、見てないで助けてくださいってば！」 「え？ああ、すまんすまん」 ガード犬を押し退け、引っ張り起こしてやると、ルカはふと表情を引き締めた。 「いるんですね・・・この先に」 「・・・ああ」 中に入るなり、レーザーに追い立てられ、ナパーム弾に焼かれそうになり、ガード犬にはズタズタに引き裂かれそうになって。それでも二人の鼻には、あの臭いがずっと付き纏って離れなかった。ものが腐ったような匂い------動物の、人間の体が腐った、吐き気を催すような匂い。それは奥へ進むごとに、強くなっていく。 「行こう」 「はい」 二人はゆっくり奥へ進んでいった。 |