|
「しかし、手がかりはないんだよな」 仕事に戻るぞ、とは言ったものの、マリアには何の当てもなかったし、ルカの推理もあくまで推理にすぎない。確証どころか、容疑者の目星すらついていないのだ。二十代の女性という漠然とした犯人像だけでは、少なく見積もっても三百万人のデノン・タウンの二十代女性全てから一人を絞りだすことなど出来るはずがない。しかも、デノン・タウンの住人とは限らないとすると。 「・・・ルカよ」 「何でしょうか？」 「ラパス連邦の女って、何人くらいいるんだっけな」 「さあ、ざっと五、六億人くらいでしょうか」 「二十代の女なら、何人だ？」 ルカはきょとんとした目をマリアに向けて言った。 「マリアさん、二十代の女性だとわかったわけじゃないんですよ。二十代とおぼしき女性って・・・」 「わかってらあ、それくらい！」 「あいたた、マリアさん、殴んなくてもいいじゃないですかあ〜」 マリアの鉄拳制裁（八つ当りとも言う）を食らったルカは痛そうに頭を抱えたが、すぐに気を取り直していった。 「大丈夫ですよ、そんなに範囲を広げなくても。たぶん、デノン・タウンの、それもイーストエンド・ブロックに限定できると思います」 「何の根拠があるんだ」 「見てください」 携帯用のグラス・メモリーにイーストエンド・ブロックの地図を映し出し、マリアの前に差し出した。 「事件が起こった順にチェックポイントを点けていきますから、見ててくださいね」 ペン型の入力端子がグラス・メモリーの表面をなぞっていく。それにしたがって、小さな赤い点が一つづつ増えていく。ひとつ、ふたつと増えていくにしたがって、マリアにもルカの言わんとしていることが理解できた。 「・・・同心円上に増えていってる・・・」 「ね？犯人はきっと、自分の住んでいる地域の病院から目をつけていったに違いないと思いますよ。そして、だんだん中心から離れていっているのは、病院側が警戒しているためにもう死体を盗めなくなってしまったのと、犯人が望む条件の死体が出ていないのと、ふたつの理由が重なっているんだと思うんです」 「なるほど、あまり遠くだと土地鑑もないし、死体を抱えて戻るには危険が大きすぎるってわけだな」 「あんまり近すぎるのも問題ですしね。この距離は、ちょうどそれらの問題をクリアできるってことだと思うんです」 「となると、この最小円の中に、犯人は住んでるってわけだな」 「ただ、問題は・・・」 ふいと眉をひそめ、ルカはグラス・メモリーの画面をクリアした。 「決め手がないことか？」 「いえ、それもですけど・・・気になるのは、死体を集める、要するに盗んでいくペースががっくりと落ちていることなんです。特に、最初の頃は二日に一度のペースだったのに、今では一週間経っても行動を起こしていない。これが一体、何を示しているのか。・・・」 「もう必要が無くなった、ってことだな」 「ええ。諦めたのならいいんですけど、もし、・・・」 もし、造り出そうとしていたものが完成したのだとしたら？死体を集める必要が無くなったということは、それを意味するのではないか？ 「このブロックで、大がかりな科学施設があるところを当たってみるか」 「そうですね、組織を集めて一人の人間を創りだすなんて、到底小さな実験施設では無理ですからね」 「となると、三つだな。よし、片っ端から調べていこう」 「えっ、ちょっと待ってくださいよ、まさか令状なしで踏み込むつもりじゃ・・・！」 「どうやって令状を取るんだ？」 「それは、・・・」 ルカの瞳に困惑の色が揺れる。どんなに筋道が通っていようと、証拠がなければ捜査令状は下りてこない。現段階では単なる推理にすぎないことは、言い出したルカ自身が一番よく知っていることである。 「ボーヤ、この街にはこの街のやり方があるんだよ」 「・・・」 「いざとなったら、連邦捜査官の権限ってことにしちまえばいいんだよ。お前が心配することじゃないさ」 「でも、それじゃマリアさんは」 「お前は心配しなくていいって言ったろ。さ、行くぞ。グズグズしてると置いていくぞ」 少しの間ルカは躊躇っていたが、おとなしく車に乗り込んだ。何か言いた気にマリアの顔を見つめていたが、やがて視線を逸らした。大抵のパートナーは、マリアの・・・デノン・タウンの刑事課の強引さについていけなくなって転属願いを出すか、ついていけなくなる前に大怪我を負って辞めていくのがオチだった。ルカも、そうなるのだろうか。 マリアはため息をついた。 それならそれでいいのだが、せめて、怪我などさせずに出してやりたい。なかなか頭の切れる、良い刑事になれる素質のあるヤツだから。 「・・・マリアさん」 「ん？何だ、ルカ」 「その角を曲がると近道ですよ」 何時の間に引っ張りだしたのか、グラス・メモリーにイーストエンド・ブロックの地図を呼び出して一生懸命睨みつけている。揺れる車内では現在位置を示す赤いランプが小さくて見にくいのだろう。 「・・・了解、ナビゲーター」 「そこを左・・・」 「左ね」 「あっ、一方通行だったんだ！バックしてくださいっ」 「・・・バカ！」 |