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「すぐにビルの見取り図を持って来い！」 ルカと青年の姿が消えたのを確認すると、マリアは低く押さえた声で機動隊の隊員に命じた。命じられた隊員はもちろん、隊長もなぜ今更ビルの見取り図などが必要なのか、まるで理解できていない様子だった。 「包囲網を解くんじゃないんですか」 「馬鹿野郎、中の状況がわかったんだ、これを利用しない手はないだろう」 「状況なんて、はじめからわかっているじゃありませんか。手出しできない状況は全く変わっちゃいませんよ」 「そんなことあるかよ、たった今逆転の大きな手がかりが手に入ったじゃないか」 「え？」 「たった今、ルカが内部の状況を伝えてきてくれたじゃないか。あいつは何て言ってた？犯人は何人いるといっていた？人質は何人で、今どこに閉じこめられていて、犯人はどういう役割を分担していると言っていた？」 「・・・あ・・・！」 あまりにルカの泣き言が情けなくて、歯痒くて、まさかあの泣き言のなかに巧みに現場の状況を伝えるヒントが隠されていたなどとは気が付かなかったのだ。 しかし本当に、ルカはそれが目的で犯人の要求を呑むように頼んでいたのだろうか？ひょっとすると、あの言葉は単なる幸運な偶然で、状況を伝えてきたルカよりも、その言葉をうまく受け取ったマリアが冷静だったというだけのことではないだろうか？ 「ただちに見取り図を持ってまいります！」 隊員は敬礼し、さっと踵を返した。 ルカの働きのためでも、マリアの働きのためでも、この際そんなことはどちらでもいい。犯人を逮捕し、人質を無事に解放させることが出来るのなら、偶然でも何でも、この幸運をみすみす見逃す手があるものか！ ルカが脅しに屈し、包囲網を解かせようと必死になっている風を装って喋りまくった言葉をつなげて状況を組み立ててみると、およその見当はついた。 犯人は三人組、一人が人質の見張り、一人が状況監視役、残る一人が実行隊。人質は八人で、二階の表通りに面した部屋に全員が固められている。今、その部屋にいるのは人質の見張りともう一人------おそらく状況監視役がいるのだろう。この監視役が部屋を離れて別の場所にいくことは十分あり得るが、実行隊はおそらく、ビルを離れて仲間と合流する地点に着くまでは戻らないはずだ。少人数で大勢を相手にする時、特にゲリラ的な戦い方をするには一ヶ所に群れるよりはバラバラになり、可能な限り姿を見せずに行動する方が敵を欺いて逃げるのに有利だからである。 となると、ルカが相手にするのは人質の見張り役と、監視役の二人だ。ただ問題は、機動隊が突入するまで、援軍が来るまでルカがうまくその場を切り抜けられるかどうか、だ。確かに頭脳プレーはなかなかうまくこなしたようだが、問題なのは、肝腎の相棒であるはずのマリアでさえもがルカの実力の程を全く知らないということだ。果たしてどこまでルカに期待していいものか、迷ってしまう。 「・・・この際だ、ルカはいないものとみなして作戦を立てた方がいいだろうな」 「でしょうね。実際、この状況では人質を守るだけでも精一杯だと思いますよ」 「ということは、やはり一番に人質の閉じこめられている部屋を押さえることだな」 「そうですね」 「・・・よし、三十分後に完全撤収を図る。それまで、うまく引き伸ばしてくれ」 「気をつけてください、マリア刑事」 ビルの中では、なかなか包囲網を解こうとしない機動隊に業を煮やしていた。 「いつになったら消えるつもりなんだ？！人質がどうなってもいいっていうのかよ？！」 監視役の青年が苛立って声を荒げる。人質たちは怯えて身を竦ませた。 「ジェイク、人質を一人、バラしちまおうぜ。そうしたら、ノロマな警察も少しは慌てるだろうよ」 見かけによらず、青年は相当気が短く、粗暴な性格のようで、中年の男の返事も聞かないうちに銃を人質に向けた。もう少し中年の男の答えるのが遅ければ、人質の誰か一人が頭を粉々に砕かれていたに違いない。 「よせ」 「けど、ジェイク」 「無駄な弾を使うな。それに、人質は殺すよりもギリギリまで生かしておいた方がいい。始末するのはここから脱出してからだ」 一瞬、助かった、と胸を撫で下ろしたものの、中年の男のひどく静かな声が再び人質たちを恐怖に震えあがらせた。ギリギリまで生かしておく、始末するのは後で、ということは結局は殺されてしまうということだ。せいぜい今は首がつながっている、ということに感謝し、五分先までの希望を抱くのが関の山だ。 じっと中年の男の顔を見つめているルカの顔には、どんな種類の表情も浮かんではいなかった。 それから五分後、機動隊が少しづつ撤退をはじめた。それは人質たちにとって、死への秒読みでもあった。 |