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無理矢理ビルの中へ引きずり込まれたルカは、二階奥の部屋へ連込まれた。どこかの会社のオフィスなのだろう、後ろ手に縛られているＯＬやサラリーマンが恨みがましい目でルカを一斉に見つめた。外での会話を聞いていたのだろう。 「ふーん・・・」 部屋の中でルカを迎えた男が、ルカから巻き上げた銃を手で玩びながら笑った。 「ご立派なことを言ってるからいい歳食った親父かと思ってたけど、まだまだボーヤじゃないか」 「そ、そうですか？」 ルカは震える声で答えながら辺りを見回した。人質を縛り上げるのに使ったらしく、引き裂かれたカーテンが長いロープ状になっているものが蛇のように床をのたくっている。決着はあっという間についてしまったのだろう、室内はそうひどくは乱されていなかった。 部屋の中にいるのはルカを引きずり込んだ青年、二階の窓から爆弾を投げていた男、そして人質を見張っていたらしいリーダー格の中年の男。ここはもちろん、この部屋に入ってくるまでにも、全く誰にも出会わなかった。人質は八人、それに対して男たちはたったの三人。 ルカは怖ず怖ずと口を開いた。 「あの・・・あなた方は、これだけなんですか？」 「なに？」 「いえ、あの、ですから、三人だけなんですか、って、・・・」 「ああ、・・・そうさ。驚いたかい？」 青年がくすりと笑った。 「ええ、人質を見張ってるだけでも大変なのに、どうしてたった三人でこのビルを制圧できたのか・・・てっきり、十人以上はいるんだと思ってました」 「ふん、その辺の奴らと俺達を一緒にしないでくれよな」 青年は自己顕示欲が強いのか、にやにやと笑いながら自慢げに首を振ってみせた。 「人質の監視、見張り、実行役。この三人がいれば他には誰も要らないのさ。人数さえ集めれば大丈夫だと勘違いしてるヤツは大概、ヘマをしてとっ捕まるけど」 「じゃあ、あなたたちはいつも三人で行動しているんですね？」 「そういうこと。いわば俺達は、最小人数の精鋭部隊ってところだな」 「へえ・・・そうだったんですか」 素直に感心しているルカに青年は気抜けしたような表情になったが、すぐに中年の男を振り返った。 「ジェイク、こいつを使おうと思うんだ」 「ふむ、なるほど」 「つ、使うって、まさか僕を仲間にしようなんて」 「バーカ、てめえみたいに間の抜けたヤツを仲間なんかにしたら、こっちの命がいくつあっても足りねえや！」 男が嘲るように怒鳴った。 「そ、そうですよね。じゃあ、一体？・・・」 オドオドと尋ねてみせるルカに、中年の男が冷たく言い放った。 「お前は弾避けだ。機動隊の包囲網を突破する、その片棒を担いでもらう」 「片棒って、やっぱり仲間にするんじゃないですかあ」 「なに、そんなに難しいことじゃない」 中年の男は唇を少し吊り上げてみせた。笑ってみせたつもりなのかもしれないが、眼が全く笑っていないために、冷たい無表情のままに見える。無表情に笑われるのはなかなか、気味が悪い。ことに、この場合相手が冷酷なテロリストの精鋭部隊のリーダーであるだけに、その不気味さは表現しがたいものがある。 「そこの窓から、機動隊に包囲を解くように言うんだ」 「そ、そんなこと、僕には言えませんよう！」 「言いたくなきゃ、その細っこい首がチコのナイフに掻き切られるだけさ。どちらを選ぶのが賢いか、バカでもわかると思うが？」 「マリア刑事、一体どうするんです？まさか、こんなことになるなんて・・・」 ルカが青年に捕まってしまった後、第二隊隊長は渋い顔で言った。尤も、マリアに何か答えを示してほしいと思って尋ねたのではないだろう。 テロリストに対してはかなり大胆な手段をとることも許されているが、人質に対する行動もかなり制限されている。ましてや、その中に刑事がいるとなると事情はかなり複雑になる。人命尊重のため、結局は犯人たちを逃がしてしまうことになるのか・・・そう思うと、つい愚痴に近い言葉が出てきても仕方がない。無理矢理突入して人質に死者が出れば世論はこぞって機動隊の横暴だの、作戦無視の強行突破だのと言いたてるくせに、人命を尊重して結果的に犯人たちを逃がしてしまえば能無しだの弱腰だのと責め立てるのだ。 「やはり、包囲網解除しか手はありませんかね」 マリアの刑事としての優秀さは十分知ってはいるが、相棒がこれでは・・・隊長は独り言のようにつぶやいたが、意外にもマリアは静かに首を横に振った。 「いや、もう少し様子を見る」 「え？しかし、あの調子では」 「あいつが何を考えているのかはっきりするまでは、こちらからの具体的な行動は慎んだ方がいい」 「はあ・・・？」 隊長は怪訝そうな表情で曖昧に頷き、肩をすくめた。包囲解除しかないという意見に、当然マリアも賛成すると思ったのに。 「・・・あいつ、一体どういうつもりなんだ？」 マリアはぽそりと呟いた。隊長はおそらく、あれを見なかったのだろう。ビルの中に連れ込まれるほんの一瞬に見せた、ルカのあの微笑を。 突然青臭い、今時小学生でも鼻で笑い飛ばしてしまいそうな台詞をテロリスト相手に堂々と展開してみせ、テロリストに人質に取られるという切羽詰まった状況にいるくせに、一瞬とは言うものの、意味ありげな微笑を浮かべて、見せた。あれは確かに、マリアに向けた「笑顔」だった。・・・・・・ 「まさか」 そうだ、マリアは確かにルカに向かって言ったではないか。犯人の人数さえわかれば、もし配置も一緒につかむことが出来ればなんとかなるのに、と。 「あいつ、犯人の構成を知るためにわざと・・・？」 確かに、ルカはまだ学校を出たてのボーヤだ。犯人を目の前にして------ましてや、人を殺すことを、何の関係もない市民さえ大勢巻き添えにしても何とも思わない、何も感じないテロリストたちを相手にまともに立ち向かえるはずがない、と思うのだが・・・だが、なぜかルカには考えがあって、あんなマヌケな行動を取ったように思えて仕方がない。 だがどちらにせよ、もうすぐ何かを言ってくるはずだ。ルカの思惑など関係なく、犯人たちにも目的があってルカを、刑事を引きずり込んだはずなのだから。 突然、二階の窓が開いた。髪を掴まれ、無理矢理引きずりだされてきたのはやはり、ルカだった。髪を掴んでいる青年と何やら言い合っていたようだが、ナイフを目の前に突き付けられ、ルカは慌てたように頷くと振り返った。 「マ、マリアさん・・・」 「ルカ、どうした！大丈夫か？！」 「お願いです、今すぐ包囲を解いてください！」 思わずマリアでさえ耳を塞ぎ、目を閉じて座り込んでしまいたくなるような情けない第一声だった。周囲にいる機動隊員たちは尚更だろう。 「でなければ、人質八人を順番に殺していくって・・・もちろん僕だって、八人の後か先か、とにかく一緒に殺されてしまうんですよう！」 「マリア刑事！」 同じ警察の人間に、哀れっぽく命乞いをされてはやりきれない。包囲網を解く必要性をひしひしと感じながら隊長はマリアに低い声で話し掛けた。 「考えている暇はないでしょう？あのボーヤの言うとおりですよ、他に手はないんだ！」 「それはわからんぞ」 「一体どうするって言うんです、まさか突っ込めなんて無茶は言わんでしょうな？！」 「すまんが少し黙っていてくれ」 長々と事情を説明している暇はない。マリアは短く言うと、ビルに向かって怒鳴った。 「包囲を解けだと？おめおめと人質になんぞなりやがってお前、それでも刑事か？！」 「そんなこと言われても・・・助けてくださいよ」 「助けを乞う前にテメーでなんとかしろ、バカヤロー！」 「そんなこと言われたって、犯人は三人もいるんですよ！」 マリアはハンドマイクを握っている手にぐっしょりと汗をかきながら、しかしさり気なく怒鳴り返した。 「三人ぐらいでガタガタ抜かすな、今時高校生でもそれ位の喧嘩はこなすぞ！」 「高校生は人質なんか取られたりしませんよ！おまけにテロの精鋭部隊が人質を見張ってるんですよ！別の場所にいるのならともかく、今ここに、人質もみんな一緒にいるんです、僕一人で二人を一度に倒すなんて、出来ません！」 「・・・わかった・・・だが、もう少し待つように言うんだ。上層部の判断を仰がなきゃならん」 「お願いですから、なるべく早くしてくださいね」 話はこれで終わったということだろう。青年は再びルカを乱暴に引きずり込んでしまった。 |