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テロに屈してはならない、というのがラパス連邦をはじめとする政府の信念とするところではあるが、このまま押し黙って包囲を続けていれば後悔することになるのは警察や政府当局に決まっている。マリアは機動隊第二隊の隊長と相談し、とりあえず相手の要求を聞いてみよう、というところに話は落ち着いた。なに、どうせ本当に要求を呑むようなことはしないのだし、人質さえ無事であれば犯人は生かして捕まえようが射殺してしまおうが、どちらでもいいのだ。 デノン・タウンのような、人間が過剰に密集している市街地での無差別テロ行為は極刑と相場が決まっているし、最初から機動隊や刑事たちにも無条件射殺の許可が下りている。犯人射殺が他の事件よりも容易に認定されるのも、多数の安全を確保する原則があるからなのだ。 「呼び掛けてみるか」 「そうですね・・・うまくこちらに注意を引き付けることが出来ればいいのですが」 それから十五分、根気強く呼び掛けを続けたが、ビルの中はまるで全ての生きものが死に絶えてしまったとでもいうように静まり返っていて、犯人が顔を覗かせたり呼び掛けに応えるどころか、ことりという物音一つしない。まさか、とっくに人質を皆殺しにして犯人たちはうまく逃げてしまっているとでも・・・と、さすがに不安になってくる。もう一度呼び掛けてみよう、とマリアが気を取り直したとき、突然二階の窓が開き、手がひらりと閃いた。 「伏せろ！」 とたんに物凄い爆音と強烈な風が吹き付ける。 「・・・っくしょー・・・」 一瞬の事だったが、マリアははっきりと見た。いや、おそらく隣にいた第二隊隊長も見たのだろう、表情が強ばっている。爆弾を投げ付けた男の顔は、とても楽しげだった。明らかにこの状況を楽しんでいる。彼らには「要求」などないのだ。ありとあらゆるものを壊して、傷つけて、暴れ回ることが出来ればそれでいいのだ。 理想主義者の寝言じみたご立派な主張や、雨や日照りといった自然現象まで政府の責任にしてしまう子供のような要求も、そこにはない。既に目的を失くしてしまっている、獣のような集団。人質が嬲り殺しの目に遭うのも、もはや時間の問題といっていい。 「・・・ルカ？」 すぐ隣で青い顔をしていたルカが不意に二、三歩、歩みだした。 「こんなことをして、一体何になるって言うんです？」 「おい、何をする気だ！」 マリアの声もまるで耳に届いていないかのように、ルカはゆっくりとビルに向かって歩きだした。 「こんなことよりも、あなたたちにはもっと他にすべき事があるんじゃないでしょうか？」 「・・・」 一体何を言いだすのだろう、といった表情でルカを見つめる機動隊員たち。不良少年に向かって説教をしているのではあるまいし、そんな事を言ってみたところで犯人たちが恐れ入るとは思えない。それどころか、鼻で笑い飛ばされて頭を粉々に吹き飛ばされるのがオチだ。 こんな緊迫した状況でなければ飛び出していって襟首をつかんで引き戻してやりたいところだが・・・マリアはイライラしてルカとビルとを交互に見比べていた。あいつらルカを殺してしまわないうちに・・・！ しかし、犯人たちはルカを殺そうとはしなかった。いや、却って青臭いことを言いだしたルカに興味を抱いたようだった。それはそうだろう、この犯罪発生率ワーストワンの汚名高いデノン・タウンで、しかもテロ犯に向かってそんな寝呆けたことを言いだす刑事など、見たこともない。テロ犯でなくとも、たとえ十歳の万引き犯に対してだって、「他にすべき事が・・・」などという説教の仕方はしないだろう。 「他にすべき事だって？」 初めて窓から顔を覗かせた犯人の男は、にやにや笑いを浮かべた。 「一体何だよ？教えてほしいもんだな、刑事さんよ」 「なにって・・・たくさんあるじゃないですか。あなたたちはこの国を変えたいのでしょう？だったら、こんな事をしていても無意味ですよ。破壊は何も生み出しません」 「破壊があって、初めて創造が存在するとも言うぜ」 「それはそうですが、いま現在立派に機能しているものを無理矢理壊すのは、単なる暴力ですよ。暴力は悲しみしか生み出しません。本当にこの国の在り方を考えるのなら、力ずくでどうこうしようとするよりも、言論や行動・・・もっと建設的な行動を取るべきです」 「建設的ィ？オベンキョーしてお大臣になれとでも言うのかよ？」 「それも一つの手だと思います。政府の方達だって、そんなわからず屋じゃありませんよ。ちゃんと誠意をもって話し合えば、必ずわかってくれます」 「・・・」 「ぼく達だって、きっとわかりあえます。いまは立場は違うけれど・・・でも、人間は必ず、お互いを理解することができるんです」 「話し合えば・・・ね？」 「ええ、そうですとも」 男はにやりと笑った。 マリアはこんな笑いを、以前にも見たことがある。あれは確か、刑事になって最初に扱った強盗事件で・・・スーパーに立て籠もった犯人は、人質にとった店員に同僚の耳をナイフで削ぎ落とさせたり、幼女の指を一本ずつ切り落とさせたりしては気違いじみた笑い声をあげていた。五時間後、突入した警官隊が見たものは------マリアの目に映ったのは、白い床を真っ赤に染めて倒れている------散らばっている人質と、心が寒くなるような笑みを顔に貼り付かせ、警官隊の放った銃弾を体中に受けて死んでいる犯人の姿だった。 人質を取り、ビルにたてこもっている男が笑った笑いは、あの時マリアが見た笑顔と同じものだった。 「ルカ、よせ・・・！」 男がルカを撃つ前に、男が出てきてルカを連れ去ってしまう前に！ しかし、マリアがルカを引き戻すより早く、ビルから仲間の一人が素早く走りだしてきて、ルカのこめかみにぴたりと銃を突き付けてしまった。 「ルカ・・・！」 「おっと、お姉さん、そこまでだ」 色の白い、一見しただけでは頼りなげな印象を受ける男がルカの首に腕を回し、引き寄せる。小柄なルカは抵抗できず、苦しげな表情でマリアを見つめた。 「それ以上近付いてみな、可愛いボーヤの頭が西瓜みたいにふっ飛ぶぜ」 「やめろ、そいつを放せ・・・！」 「話し合えばわかりあえるんだってなあ。是非ともお話してみたいんだ、邪魔しないでほしいね」 整った顔立ちで、街を歩いているお洒落な若者と変わらないようなさわやかな表情で、反吐が出そうな事を言う青年。 「もっとも、すぐに自分の方から『殺してくれ』と頼むようになると思うけどね。・・・さ、行こうか？」 楽しそうに笑うと、男は用心深く機動隊の動きに目を配り、後退りながらビルの中へ入っていく。マリアは茫然とその姿を見送っていた。 いや、正確には、ルカの瞳を。 「・・・あいつ・・・？」 |