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「ったく・・・課長も何を考えているんだか」 コーヒーの入ったカップを手に、マリアはぼやいていた。いや、この場合は毒突いていた、という方が正しいかもしれない。何しろ、刑事課での検挙率ナンバーワンを誇るマリアのパートナーに、こともあろうに学校を出たばかりの坊やをあてがおうというのだから。マリアはひどい脱力感を感じ、ルカが見せようとした辞令や身分証を点検しようという気にさえなれなかったほどだ。 このデノン・タウンでは他人のことなど構っていられない。ましてや、凶悪犯ばかりを相手にしようという総合警察庁本部刑事課の刑事なら、なおさらである。いくらパートナーとはいえ、四六時中相手のカバーをしていられるわけがない。まず自分の身を守り、それから相手を守る。そうすることが、結局はパートナーの安全をも守ることになるのだ。 それをだ、あんな坊やをあてがったりしやがって、課長め、あたしに死ねってか？ 「マリアさん、ちょっと待ってくださいよ」 後から少年が------パートナーが追い掛けてくる。 「マリアさんって、足が速いんですね」 「お前が遅いんだよ、ルカ」 「だって、身長差があるんですから仕方ないでしょ？」 「今まで何を食って育ってきたんだ？ほんっとにチビだな、お前」 「チビって言わないでください、マリアさんが大きいんですっ」 ルカはすこし膨れて言った。 確かに、マリアは女性の平均身長より十センチ近く高く、百七十三センチと長身だが、ルカは百六十センチそこそこ、男性の平均身長を十センチ以上下回っている。双方ともが平均値から大きく外れているのだが、お互いに相手の「規格外」を言いたてるだけで、自分が「規格外」であるとはこれっぽっちも考えていない点が、誠に似通っている。そんなところで意気投合しても、仕事には全く意味のないことなのだが。 「まあいいや。それよりマリアさん、この街で一番多い犯罪って、やっぱり強盗なんですか？」 「別にこの街に限ったことじゃないよ、どこでも強盗が一番・・・ああ、そういや一つ例外があったっけ」 マリアがそう言った途端、廊下中にけたたましいサイレンの音が響き渡った。 『セカンド・ストリート三番街でテロ事件発生、機動隊第二隊及び刑事課ＭＲは現場へ急行せよ』 ルカはスピーカーを不思議そうに見つめながらマリアに尋ねた。 「・・・ＭＲって、何のことですか？」 「お前のことだよ」 「ど、どうして僕が？」 「正確にはあたしとお前のペア名」 「あ・・・イニシャルをとってるんですね。名前を言わないのは警戒のためですか？」 「一応な。ま、あたしたちを殺そうと思うくらいのヤツには、名前を隠してみたところでとっくに知られちまってるし、実際の所、いちいち名前を呼ぶのが面倒って現実的な理由の方が大きいかもな。ほら、行くぞ！」 「あ、待ってくださいよ！」 セカンド・ストリートの現場へ到着すると、現場はすでに機動隊によって蟻の這い出る隙間もないよう包囲されていた。 「状況は？」 「人質を取って立てこもっています。犯人が何人いるのかは不明です」 「どうして？」 「それが、あちこちから爆弾を投げ付けてきたり、ビル内のケーブルを爆破したりしているものですから・・・少なくとも、十人近くはいると踏んでいるのですが」 「なるほどね」 窓が開き、手が閃いて黒い箱を放り投げた。 「伏せろ！」 爆風が、包囲している機動隊に吹き付ける。アスファルトの欠片がばらばらと降り注いでくる。 「・・・だいぶ気が立っているようだな」 「はい、先着部隊が強引に突入しようとした様で、その戦闘の際に・・・やり方がまずかったようです」 「うーん、まあね」 マリアは曖昧に語尾を濁し、髪をかき回した。ルカが何やら興味深そうに、しかしさり気なく顔を覗き込んでいるのが気配でわかる。 文句なら腐るほどある。テロ対策の講義くらい初級警察学校でも時間をかけてみっちりとたたき込まれることだ。機動隊、特にこのデノン・タウンに配置された機動隊であれば誰よりも、犯人たちを刺激することの重大性を十分にわかっていてしかるべきなのだ。 しかし、すんだことである。少なくとも、初動部隊の失敗をどうこう言いたてて非難する役目は、マリアにはない。それは機動隊内部での問題であり、部隊長の役割でもあるのだから。そんなことよりも、現場ではまず事態を解決の方向へ動かしていくことこそが唯一の目的であり、全てだ。 「・・・マリアさん、例外って、このことなんですね」 「ん？・・・ああ、その通り。よくわかったな」 「だって、街の人の表情が変わってないんですもん、誰だってわかりますよ。もう、慣れっこになってしまっているんですね」 「デノン・タウンで一番多い犯罪は強盗かテロか、どっちだろうってところだな。他の街にはない犯罪傾向さ」 「やっぱり首都・・・だからですか」 「だろうな。実際は、今更テロなんて何の意味もないんだけどな。少なくとも、本来の目的においてはな」 「それって、どういうことでしょう？」 「要するに、建物だの何だのを爆破したところで政府を動かすことは出来ないってことだよ。その程度の攻撃では、政府はもう傷つかないのさ。問題は山積みされているけれど、その外見に惑わされることはない・・・テロで倒れる程度のモノなら、いままでラパス連邦を引っ張ってくるなんてことが出来た道理がないだろう」 「へえ、マリアさんって意外と政府擁護派なんですね。てっきり無能論者だと思ってました」 意外そうに、というよりは面白そうにマリアの顔を見るルカ。ルカの言いたいこともわかるのだが・・・マリアは苦笑した。 「違うよ、現実主義派と言ってもらいたいね。少なくとも、テロリズムの主張にかこつけてモラトリアム生活を続けたがってるヤツよりはオトナのつもりだからな」 そんなことよりも、とマリアは髪をかきあげた。 「犯人の動向がわかれば・・・せめて人数だけでもわかれば、いいんだが」 「・・・人数、ですか」 「ああ、あと位置もわかれば言うことはないな」 「なるほど、わかりました」 「え？」 「マリアさんに付いていると、勉強になります」 ルカはにっこり笑うと、ビルの正面側へ向かった。 「・・・何だ？あいつ・・・」 ルカの言葉には、何か含みがあった気がする。少なくとも、学校を出たてのボーヤが素直に先輩の言葉に感心した結果の言葉には聞こえなかった。もちろん、バカにしているという意味でもない。そう、・・・ベテラン捜査員が新しい知識を謙虚に受けとめようとする時の態度に似ていた。 「若いくせに、ジジイみたいな言動を取るヤツだな」 ところが、である。 ルカがマリアから離れ、正面側へ移ってから五分と経たないうちに、とんでもないことになってしまった。ルカが、犯人たちに捕まってしまったのである。しかも、刑事にあるまじき失態を犯して。 |