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シードル州、デノン・タウン。 わずか二千二百平方キロでの可住地域にへばりつくようにして存在している、ラパス連邦の首都。そこに、ひしめきあっている三千万の人々。 貧富差はもはや地域間の問題ではなく、個人格差の問題にまで発展している。ほんの一握りの富豪と、数えきれない無数の貧しい人々。富を求めて、幸福を求めて人々が争いを繰り返す------ デノン・セントラルエリアにある総合警察庁本部は、デノン・タウンはもとより、ラパス連邦全体の警察を統括する中央機構である。 「よう、マリア」 男が笑った。 二メートル近い長身、岩のようにがっちりとした体格、不精髭に黒いサングラス。これで黒革のジャケットにチームのペイントが入っていれば、完全に暴走族のリーダーといったところだ。 「ああ、ジェフ」 マリアは額にかかる黒い髪をかきあげた。強い光を放つ緑の瞳が大男を恐れ気もなく見つめる。 「相棒はどうしたんだ？最近見かけないな」 「なーに、ヤツもそう言ってるぜ。ジョイスは射的に行ってるよ、今年はあいつがチェックを受ける年だから」 「ふーん、そういや、あたしも来月だっけな」 「ところでマリア、今日新しい相棒が来るんだって？」 「何だ、早耳だな」 興味津々、といった表情を隠さず問い掛けてくる同僚に、マリアは思わず苦笑した。 「今度はどんな奴なんだ？もう聞いてるんだろ」 「知らん」 「知らんって・・・」 「元々、相棒なんてモノには期待してないからな」 「まあ・・・あいつの後じゃあな・・・」 肩をすくめるジェフ。マリアのジャケットの胸の辺りを指差し、にやっと笑った。 「あいつに一発、食らわせてやったのか？」 「馬鹿言え、刑事が同僚を殺せるか」 「殺っちまいたかったのは事実だろ」 「ふん」 デノン・タウンの治安の悪さは、世界的規模の人口密度過剰問題にも原因がある。人口に対する食料などの生活必需品が絶対的に足りず、流通機構は全て政府の管理下にあるのだが、正規ルートはモノの流れが悪く価格も高い。となると必然的に安価で物品を動かして儲けようとするヤミの商人が登場する。安く良い品物が手に入るだけなら問題はないのだが、ブラックマーケットでは当然のこと、禁制品や武器さえもが安く、手軽に、どんな人間の手にも渡ってしまう。その上、正規、闇に関わらず、モノが流れるところに利益が上がるのは当然で、甘い汁を吸おうとそれに人が群がってくれば、争いが起こる------ 総合警察庁本部刑事課に、マリアは六年、ジェフは四年、それぞれ勤務している。一年、生き延びることができれば他の街でも十分通用するといわれているこの街で、それだけ長く勤めているということ一つを取っても、二人の力量を推し量ることができるだろう。しかも、マリアは連邦査察機構の要員として、連邦捜査官の肩書も持っているのである。 暴力が巾を利かせる世界では、こちらも力を付ける以外に方法はない。毎日が戦いの連続で、マリアは今年もまた、いつの間にか誕生日を一人で過ごした。それも気付いた時には日付も既に変わり、捜査報告書を作成しながらという状況だった、というおまけつきである。だが、それをからかったり、文句を言ったりする人間はいない。 もう長い間、一人で生きてきた・・・気が付くと、二十八歳になっていた。同じ年頃の女性が子供を連れて歩いている光景は毎日目にしている。だが、それを羨むこともなかったし、淋しいと思うことすらない。 淋しさを癒すために誰かを求めることほど危険なことはない。特にこの街では、縋りつく何かを、誰かを求めてしまえば次の瞬間には餓えた獣が血の一滴、骨の一片も残さずに食らい尽くそうと牙を研いで待ち構えている。 誰も、信じない。そう、相棒さえ------ 「しかし、信じらんねーよな。同僚を見捨てて逃げ出すようなヤツが、どうしてこの街の・・・」 「あたしの前であいつの話は二度とするな！」 鋭く舌打ちして、マリアが言った。 「警官一人、殉職してるんだ」 「・・・ああ」 「今度のヤツは、味方に銃を向けるようなヤツじゃなきゃいいのさ」 マリアの以前のパートナーは、ひどい男だった。無口で無愛想、すぐに銃でカタをつけようとする。 無口なのも、無愛想なのも、マリアにとっては平気だった。その点では他人をどうこう非難できる立場になかったからだ。消費弾数も、刑事課の中で群を抜いている。つまり、ラパス連邦警察の中でも一、二を争う発砲率の持ち主だということだ。だが、その男はマリアとは別の意味で銃を抜く回数が多かった。いつも、ダウンタウンのゴロツキ相手に銃をちらつかせるような真似をするのだ。そんな小物相手に意気がってみても仕様がない。だが、それなりの意図があってのことだろう、とマリアは敢えて何も言わなかった。 後悔したのは、薬物密輸を専門に手懸けている地下組織の本部に突入した際に、警官が撃ち殺されるのを見た時だった。 男は、恐怖のあまり敵に背を向けた。自ら望んでポイントとなるポジションについておきながら、あの男は震えながら頭を抱えてうずくまっていた。今までの言動は単なる「格好つけ」でしかなかったのだ。それを見抜けず、重要なポジションにこんなヤツを配置してしまうなんて！------だが、このままでは陣形が崩れ、警官隊が全滅してしまう。男が抜けた穴を必死で埋めようとした巡査が射殺された。・・・警察学校を卒業して二ヵ月足らずの、まだあどけなさが残る青年だった。 今でも、あの男を殴り殺すことができなかったことだけが、心残りだ。 「あのお」 その時、背後から声がした。柔らかい、心地よく響く声である。まるで心の中に、優しくそっと染み透るような------ 「・・・なんだい、ボーヤ」 ジェフが物凄い顔で笑った。別に脅かしてやろうと思ってやったことではない。単にジェフの顔がそういう物凄い顔であったというだけのことである。 「あの、刑事課というのはこちらでしょうか？」 まだ、二十歳にもなっていないような少年が立っている。黒っぽいスーツを着ているところを見ると、まだ高校生らしい。大きな黒い瞳の、愛らしい顔立ちの少年だった。 「刑事課？ボーヤ、通学バイクの盗難なら交通課だぜ」 「いえ、あの、僕は・・・」 「刑事課に何か用かい」 本部には地方からの一般見学者や見物客が入ることが多い。本来、刑事課は許可を取らない限り立入禁止だが、たまに紛れ込んでくる見学者がいる。いつもなら「見学者は立入禁止です」と丁重に追い出すのだが・・・何故か、その日に限ってマリアは少年に問い掛けていた。 「はい、人を捜しているんです」 「人って・・・家出人？」 「いえ、刑事課のマリア刑事を・・・」 「えっ？」 マリアは眉を寄せた。こんな少年は、知り合いにいない。一体何の用で自分を探しているというのか・・・？ 「あんた、マリアに何か用かい？」 相手の素性を掴んでから出方を見るのが一番安全で、確実である。それを身を以て知っているジェフが代わって問い掛けた。返ってきた答えは------信じられないものだった。 「はい、刑事課長に僕のパートナーはマリア刑事だと聞いたものですから」 少年は、にっこり笑った・・・。 |