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「ねえ春菜ってば！」 「えっ」 いけない。ぼんやりしてたみたい。私は慌てて顔を上げた。 「ごめん、何？」 「もう、また聞いてなかったの？」 「ごめーん」 「春菜のところは毎日大変ね、って言ったのよ」 同期の子たちと一緒に食事をすると、いつもその話になる。私は苦笑した。 「でも、もう慣れちゃったし」 「春菜、審判『法廷』に提出する書類も準備してるんでしょ？」 「うん、今日も概要書作ったんだけど、時間が押しちゃって」 「えっ、今日の？」 審判『法廷』の事務官をしている沙耶が大きな目を見開いた。一体何を驚いたんだろう・・・。 「今日開廷する審判の概要書？」 「うん、お昼開廷だから十一時までに準備して欲しいって言われたから」 「春菜ってばすごーいっ、今日開廷するのは第四群事案よっ」 「何よ」 「第四群っていったらっ、巡察部第二課の管轄じゃない！」 「えーっ、第二課！」 みんな口々に悲鳴のような声を上げた。もちろん、私にはその悲鳴の意味がわかる。 「サイテー！よく間に合わせたわね、春菜！」 「もう必死だったわよー！報告書は飛び番してるし、状況調書は穴あきだらけだしっ、オマケに証拠提出物件リストが間違ってるのよっ！」 「第二課の書類でマトモに資料が揃ってたことってないんじゃないの？！」 「この間私が資料揃えした事案なんか、状況調書そのものが添付されてなかったのよ、どう思う？！」 「ウッソー！奈槻、どうしたの、それ！」 「すぐに電話したわよ！そしたらね、緊急出動中で連絡不能です、なんてあっさり言うのよ！アッタマきた〜！」 「信じらんな〜い！」 「でね、こっちもいい加減腹が立ってさっ、書類全部、巡察部長あてに突き戻したのっ」 「きゃ〜、奈槻ってば過激っ！」 「それがさ、巡察部長も第二課に送ればいいのに、こっちに連絡入れて来んのっ」 その先は、聞かなくてもわかる。奈槻は私たちの中では一番可愛い、甘い顔立ちで、お嬢様っぽい雰囲気だけれど、性格のキツさでは誰にも負けていない。大先輩や、所属外の『判事』さまにまできついリテイクを食らわせることもなんとも思っていないくらいの子だから、・・・。 「状況調書すら出来上がっていない事案の公判は開けませんって、全部リジェクトしてやったわよ」 「り・・・ジェクト・・・」 さすがに、みんなの顔が引きつる。 書類の差し戻しくらいなら、誰だって一度や二度は経験があるけれど・・・かく言う私も一度、不備だらけの公判申請書類を巡察部にリテイクしたことがある。治安『法廷』は殆ど巡察部とは関係がないから、ほとんど経験は無いのだけれど・・・だけど、リジェクトというのは、公判日程が決まっていたものを全部白紙撤回するということ。当然、被告人の利益を侵害するものだから、弁護側からは猛烈な抗議が入るし、もう一度公判日程を組みなおすのはとても面倒でややこしい手続きが必要になる。『法廷』側の手続きもさることながら、そんな不手際を起こした巡察部側の手続きと提出書類の数は膨大なものになってしまう。 「だって、被告人が何をしたから検挙されて公判を開くのか、っていう理由すらわからないのに、開廷申請できるわけないじゃない」 「そりゃそうよね・・・」 「人事部査定に影響が出るから何とかしてくれって泣き付かれたけど、断ったわ」 確かに、奈槻のやり方は峻烈だったけれど、でも、それ以外にどうしようもないことでもある。だって、誰も開廷理由を知らない公判なんて、存在し得ないのだから。 「・・・もう、何だって第二課はいつもいつも抜けてるのかしら」 「ほんとよねえ・・・検挙事案はいつだって華々しいのにね」 「事務仕事が苦手なのはわかるけど、もうちょっと何とかして欲しいわ。公判維持するこっちの身にもなってよって言いたいくらい」 沙耶が溜息を吐いた。この間も、第二課から送検された事案で大分てこずっていたみたいだから。 「沙耶、この間の事案って、誰が担当だったの？」 「ん、あたしのは千歳さんだったからまだマシだった」 「あ〜いいなぁ〜私も千歳さんから送検してもらいたかったぁ〜」 「奈槻って千歳さんのファンなのよね〜っ」 「だって、可愛いじゃないっ」 千歳さんって、千歳三等巡察官のことかしら。私は思わずくすりと笑ってしまった。 「なによ〜春菜ってば、ちょっと千歳さんに会うことが多いからってー！余裕の笑みっ？！」 「違うわよっ。千歳さんって、結構人気あるんだなって」 「春菜、知らなかったの？」 「そうじゃないわよ。知ってたけど、改めてそう思ったってこと」 「でも春菜は毎日美形ばっかり見てるから、見る目厳しいんじゃないのお？」 「そうかなあ・・・でも、それ、あるかも」 何しろ、『判事』さまは氷の美貌とか、氷点下美人とか、とにかくそのお顔の美しさを形容する言葉がたくさんあって、密かにファンクラブがいくつもあるくらいだし、代行執務官さまは、『判事』さまとはまたタイプが違うけれど、「育ちが良い」って感じのとても優しい笑顔が素敵な方だし・・・私にはありがたいことに、お二人とも治安『法廷』の所属だから、ライバルが全く居ないのだけれど。 「春菜は若葉さん一筋だもんねー」 「からかわないでよっ」 全くもう、同期の子たちと食事をするのは息抜きにもなるしストレス解消もできるけれど、こうやってからかわれるのだけはちょっと勘弁して欲しいところ。 結局、その日の結論は「焼き物チームは一度締めてやりたい」だった。 |