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十時までに仕上げるはずだった審判『法廷』への提出書類に手間取り、完成が三十分ずれ込んでしまった。自分の手際の悪さもあるのだけれど、もともとこの事件の概要がとても複雑だった上に、『警察庁』からの提出書類に不備が多かったことも事実だった。巡察部第一課からの書類はいつもしっかりしているのだけれど、第二課から回ってくる書類は本当に、アタマに来るくらい。 だけど、検挙率や生還率は第二課が抜群に高く、事件の規模や性格も大きく、かつ複雑なものばかり。そもそも、第二課所属の巡察官は、報告書や調書といった事務処理が苦手な人が揃っているようで、その上に添付書類や状況調書が数多く必要な、関係先が多い案件が殆ど、となると・・・実際のところ、自分が一体何を書いているのか、何を提出しようとしているのか理解していないことも多いのではないかと思えて仕方がないのだけれど。 「春菜くんは仕事が速いから助かります」 『判事』さまはそれでもにっこり微笑んで書類を受け取ってくださった。 「『判事』さま、今日は審判『法廷』へ？」 「はい、参考陳述に出廷しますから。・・・戻るのは三時を回ると思います」 「わかりました」 『判事』さまたちのスケジュール管理も『法廷』事務官の大事な仕事。私は席に戻ってパネルに『判事』さまの出廷予定を書き込んだ。このスケジュールパネルは文字通り「パネル」で、全くどの端末とも繋がっていない。治安『法廷』が閉鎖的で暗躍をしている、と陰口を言われる元凶にもなっているのだけれど、『判事』さまたちの身の安全を考えれば、その程度のことは黙って聞き流さなくてはならない。いつだって、『判事』さまたちはお命を狙われているのだから（本当に笑い事ではなくて！）。 「・・・お昼開廷って、時間がないじゃないの」 私は思わず呟いてしまった。 今から書類をチェックして、検察、弁護双方から尋ねられるであろうことを想定して回答を策定して、・・・だめ、また『判事』さまはお昼ご飯を摂られない。『判事』さまはどれほどお勧めしても、こんな時はご自分のお食事は後回しにして、お仕事を優先される。もちろんお仕事が大事なのは当然なのだけれど、・・・ほんの少しだけ、お体を大切にしていただきたいとも思う・・・。 「・・・あ、治安『法廷』です。十二時ごろにスープを一つ、お願いします」 『法廷』食堂に連絡して、『判事』さまのお食事代わりのスープの出前予約を入れておいた。これで、私自身の仕事が立て込んできても、『法廷』食堂が『判事』さまにスープを運んで来てくれる。『判事』さまや代行執務官さまたちの健康状態の保持も、『法廷』事務官の仕事の一つ・・・とはいえないんだけれど、本当は。他の『法廷』事務官たちはこんなことまで、やっていない。だけど・・・私がやらないと、本当に、『判事』さまたちは限界を超えても無理をしてしまう。他『法廷』なら人海戦術がとれることも、この治安『法廷』だけはたった二人で、時には『判事』さま一人っきりで全てをこなさなければならないことも多いから・・・だから、これは治安『法廷』事務官としての、私の大事な仕事だと思っている。 それからしばらく、資料作成や他部署から回ってくる回覧書類の整理に手を取られた。まだ殆ど書類の山が片付いていないというのに、治安『法廷』の扉をノックする音に我に返った。 「『法廷』食堂です」 「え？あ、はーいっ」 慌てて扉を開けると、食堂からいつも来てくれる女性がにっこり笑ってお盆を差し出した。 「いつも大変ね、一人で」 「いいえ、こちらこそいつもご迷惑かけてごめんなさい」 「いいのよ、ここはいつだって忙しいものね」 そう、本当は「出前」はあまり喜ばれない。それも、こんなお昼時には。食堂だって一番忙しい時間だから。でも、食堂の女性たちはいつも快く届けに来てくれる。それも、この私の勝手な『判事』さまのための「お昼ごはん代わり」の経費負担が、結果的に私と『判事』さまの折半になっていることを知っているから。 「失礼します」 執務室の扉をノックすると、少し間が開いてからお返事が聞こえてきた。 「『判事』さま、どうぞお召し上がりください」 書類に埋もれたデスクの上にそっと大き目のマグカップを置くと、『判事』さまは少し辛そうに眉を寄せられた。 「・・・いつもすみません」 そのお返事を聞いて、私も少しだけ悲しくなる。 私は以前に『判事』さまに「食べずに残されたら費用は私が負担します」と少し強引なお約束をした。食べもしないものの購入費を『判事』さまが負担される必要は無い。だけど、きちんと食べられたらその費用は『判事』さまが。・・・そうでもしないと、『判事』さまはスープすら口にすることが出来ない。 それでも、私はこのお昼のスープ代をほぼ半分、支払っている。もちろん、私だって毎日こんな勝手なことをしているわけではない。本当にどうしてもお食事に出られることが出来ない日だけだから、金額的にも微々たるものだけれど。『判事』さまがこんなお顔をされるということは、今日もまた何もお口に入れられないまま、お出かけになられるのだろうか・・・。 一介の『法廷』事務官に自腹を切らせてしまうことがわかっていても、それでも『判事』さまはスープに手をつけず、審判『法廷』に出廷された。 |