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「・・・食堂からガメてきたのか」 「失礼な」 不必要に、または冗談のように大きな砂糖壷を前につぶやいた揚羽に、翡翠はむっとした表情で言った。 「うちでは砂糖は非常にデリケートな問題なんだ、そう軽々しく口にしないでくれ」 「そうは言うが、・・・」 まさにそれは「砂糖壷」というべきものだった。「シュガーポット」などと可愛らしいしゃれた名前で呼ぶ気など起こりもしない。ティータイムに使うというよりは、むしろ調理用の砂糖を入れておく「砂糖壷」というのが正しい出自を表しているのかもしれない。 「私だって砂糖は使わないんだが」 「春菜くんに悪気はないんだよ。お客さんにはみんなこれを出しているんだから」 「もうちょっとまともなシュガーポットはないのか。これじゃ小判でも入っているのかと思われるぞ」 「・・・孔雀が割ったんだ」 またあいつか。 揚羽は内心ため息をついた。だが、あの男のおかげで、翡翠をかろうじてこの世につなぎとめておくことが出来ているようなものなのだから、黙っているべきなのかもしれない。それに、実際に被害にあっているのは殆ど治安『法廷』であって、『警察庁』や『トレーサー』たちではないのだから、揚羽の知ったことではない。 「それで後釜がどうしてコレなんだ」 「孔雀が持ってきたんだ」 「あのな・・・」 「コレでないとうるさいんだよ」 翡翠が「うるさい」といえば、本当に間違いなく何の誇張もなく「うるさい」のだ。それは何度か『冥王』孔雀に出会ったことのある揚羽にも十分理解できることだった。 「おい、翡翠！俺の砂糖壷どこへやった！」 いきなり窓が開いたかと思うと、小柄な色白の少年がひらりと窓枠を越えて部屋へ入ってきた。ちなみに、治安『法廷』の窓は地上十数メートルの高さにある。 「キミのじゃない、うちの砂糖壷だ！大体キミは何でそう窓から入ってくるんだ！」 「窓でもドアでも一緒だろ！お前は空気を入れるのにドアから入れって命令するのか！」 「キミはいつから空気になったんだ！」 「空気が良くて俺は悪いとでも言うのか！」 さすが。 孔雀の言い分に返す言葉を失った翡翠を見て、揚羽は内心感心していた。あの翡翠を黙らせるなんて、法律大学の教授連や、『大法廷』の『大判事』たちでも無理だったというのに、この悪名高い殺人鬼は簡単に、わけのわからない理屈で翡翠を丸め込んでしまう。 「俺にもコーヒー飲ませろ」 「勝手に飲めば」 「お前はチョウチョにコーヒー飲ませてやっても俺には飲ませないのか！」 「はいはいわかりましたっ、ぜひ飲んで下さいッ！」 「じゃあ飲んでやってもいい」 孔雀は翡翠にとって、どんな形態であれ「生きる理由」にはなっている。だが、同時に「病む理由」にもなっているかもしれない。 揚羽はぽつりと言った。 「・・・ストレスで胃に穴を開けるなよ」 「孔雀症候群」と影で噂されるストレス性胃潰瘍にかからないのが、不思議と翡翠だけだという事実が認識されるのは、後日のことである。 |