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「俺、ひとつだけ、わかんないことがあるんだけど」 その夜、ブランデー入りの紅茶を飲んでいた光がぽつりと言った。 「あの女がやってることはまだ理解出来るんだよね。逆恨みっていやそうなんだけど」 「じゃあ何が分からないんだ？」 「引っかかる阿呆の方だよ。誰が見たって妖しいじゃん？こんなのに関わりあってると、ろくなことにならないって誰でもわかりそうなものなのにさ」 「わかんねえから引っかかるんだろ」 宗佑は肩を竦めた。 「それにな、ロクなことにならないってわかってても、それでもずるずる引き込まれるってこともあるんだぜ」 「そりゃそうだけどさ。でも、それで何人もが一度に引っ掛けられるっていうのもなんかね」 「だけど、みんながみんなって訳じゃない」 「・・・まあね」 「どうしようもなくひきつけられるヤツってのが居るんだよ。まるで何かに魅入られたようにな」 「まるで花にひきつけられる虫みたいだね」 「タダの花ならそれでもいいんだろうけどな」 だが、少年たちが惹きつけられたのは「毒婦」と呼ばれる毒花だった。捕らえられて、逃れようとしても逃れられず、最後は破滅する。 「・・・まるで食虫植物みたいだね。匂いに惹きつけられて、危険な罠へ自分から入り込んでしまう」 「そうやって捕まえたガキを養分にして、また次の男を狙うのか。まるでウツボカズラだ」 「だから匂いに気づかないか、良い匂いだと思わないやつは引っかからないのかな？」 「ま、そんなところだろう」 「・・・あとひとつだけ、わかんないことがあった」 光は宗佑にぴたりと視線を据えた。 「俺が邪魔なら消すなり何なりすればいいのにさ。邪魔しなければ手出ししてこないなんて、どうしてだろう？」 「消すほど邪魔ってわけでもないんだろ。お前の息がかかってるって言っても、全てのものがお前のものってわけでもないしな」 「だったら尚更じゃない？全部が俺のものになる前に、って思わないのかな？」 「もうすでに手出しするには遅すぎるって判断したんだろ」 宗佑はにやりと笑って光を指差した。 「ジュクだけじゃない、渋谷も原宿も、もしかしたらもっと他の土地も手に入れているかもしれないお前を敵に回すのは賢いやり方じゃない。オマケに、お前は狡賢さではヤー公も負けるからな」 「それ、貶してるだろ」 「ご随意に。下手に手出しするよりは、アンタッチャブルでお互いに住み分ける方向を選んだってわけだ」 「そうかな・・・」 「それに、ずっとこんなことして遊んでるつもりもないんだろうよ。あいつは退き時を弁えてる」 「・・・そっか」 光はくすりと笑った。ソファーから立ち上がると、宗佑を指差した。 「わかった。あんただ」 「へ？」 「俺のバックにアンタが付いてるって思ったんだな、きっと」 「俺のことなんか、知ってるわけないだろ」 「開成組ってさ、近頃おとなしいよね」 思わず黙り込んだ宗佑に、光は微笑んで言った。 「そりゃ相手が開成組なら、手出しする方がどうかしてるよね」 「おい、俺は」 「こっちの思惑と相手の思惑が違うことがあるって言ったの、父さんだぜ」 「おい、光！」 「大丈夫」 紅茶を飲み干したカップを洗うと、光は自分の部屋へ向かう廊下を歩き出した。 「俺は知ってるよ。アンタがバカじゃないってこと」 「息子」からの意外な信頼の強さは、面映いような、不思議な感覚を宗佑に与えてくれたけれど。 「・・・親子そろってロクでもない人生だよなあ・・・」 |