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「失礼します」 ノックの後に、『法廷』事務官の春菜が一礼して入室してきた。 「『警察庁』調査部の方がいらっしゃいました」 「ありがとう、こちらへお通ししてください」 朝一番で大至急面会したいといってアポイントを取ってきた調査部の係官が入室してきた。そわそわと落ち着きのない態度で、すぐさま用件を済ませてかえりたいという意志がありありと現れている。ずり落ちてくる眼鏡にしきりと手をやる仕草が、いかにも神経質そうな様子だ。 「お忙しいところを大変申し訳ありません、何しろ『冥王』に関係することですので・・・」 「構いませんよ、どうぞこちらへ」 簡単な応接セットの方へ案内し、椅子を勧める。春菜がコーヒーを運んできてくれたのを見て、翡翠が眉を寄せた。 「春菜くん、角砂糖を持ってきてもらえますか」 「あら、一昨日お持ちしたばかりですけれど・・・」 「その後孔雀が来たんだ」 一瞬、春菜の面に翡翠に負けないほどの渋面と怒りの表情が稲妻のように掠めたが、すぐに澄ました顔で一礼した。 「ああいやどうぞお構いなく、早速本題に入らせていただきたいのですが」 「どうぞ」 「実は、私ども『警察庁』の方で逮捕しました窃盗団のうちの一人が、『冥王』の刀であると専らの噂であるものを所有していたことが明らかになりまして・・・」 「孔雀の刀、ですか？」 「はい、以前ベータ・ゾーンに居た頃に使用していたという話なのですが」 係官は折り鞄から写真数点を取り出し、そのうちの一枚を翡翠に向けて寄越した。 「この写真の刀がそうなのですが」 ぴくり、と翡翠の眉が動いた。口元へ運ぼうとしていたコーヒーカップがぴたりと止まる。 「・・・なるほど・・・」 角砂糖を補充したシュガーポットを運んできた春菜が退出したのを見送ってから、翡翠はふわりと笑みを浮かべた。 「その窃盗団の名前は、『キャット・テール怪盗団』というのではありませんか？」 「えっ？」 「なぜわざわざこんなところまで？いくら中級犯罪者は治安『法廷』の管轄外であるとはいっても、すぐ隣が『警察庁』本部なのですよ」 「あの・・・？」 「本物の調査部係官を呼びつけなければいけませんか？彼らも忙しい体です、出来れば無用の手間はかけさせたくないのですが？」 「・・・参ったな」 声ががらりと変わる。深みのある、渋い声に、不敵な笑み。 「どうしてわかった？」 「その、右手の傷跡に見覚えがあったのですよ」 「おっと、そいつは気づかなかったよ。以後気をつけることとしよう」 肩を竦め、係官------キャット・テールは写真を差し出した手をひらりと振って苦笑した。ごく小さい傷、本人も殆ど覚えていないほどの小さな古い傷跡で、たった一度、しかも短時間顔を合わせただけの人間とを結びつけてよく記憶しているものだ。さすがは治安『判事』、と内心キャット・テールは舌を巻いていた。 「ところで、本当は一体何の御用がおありだったんですか？こんな所に金目の物なんかありませんよ」 「とんでもない、あんたというお宝があるじゃないか？あんたをさらって売りに出せば、目の色を変えて欲しがる奴らはいくらでもいる」 「あなたは金銭尽くでは動かないのでしょう」 「おや、だったら金目のものがないところに乗り込んだってそうそう責められる謂われはないと思うが？」 「・・・こちらが一本取られましたね」 翡翠は苦笑した。「怪盗団」を名乗っているくせに、金目当てでなければならないのかと偉そうに威張られるとはおかしな話だ。 「では、もう一度お聞きしましょうか。元から金目の物など何一つないと知っているところへ、一体どんな御用があって来られたのです？」 「実は、さっき言った通りなのさ」 「・・・え？」 「本当に、俺の部下が『冥王』の刀を見つけだしちまったんだが、これがえらく恐ろしいいわくのある代物でな。さっさと本人に押しつけちまいたいのさ」 「この写真、本物なんですか」 「今朝慌てて撮ったんだよ、まさかいきなり本物を持ち込むわけにも行かないからな」 翡翠は写真を手に、しげしげと見つめた。孔雀の持ち物だったと聞かされたせいか、どこかまがまがしい雰囲気があるような気もするが、わざわざお尋ね者のキャット・テール本人が治安『法廷』にまで乗り込んでくるほどの物とは思えない。 「・・・あんたは知らないかもしれないがな。そいつは月華蒼焔といって、手にした者は人をさんざん斬り殺した挙げ句に発狂して自刃してしまうと畏れられている妖刀なんだ」 「妖刀？」 「実際、俺も部下に錯乱して斬りつけられるまでは半信半疑だったがな」 ちらりと襟をはだけて見せられた胸には、確かに白い包帯が巻かれていた。 「そいつは『冥王』のためだけに狂気の刀工が打ったものなんだ。月華を制することが出来るのは、正当な持ち主である『冥王』だけだと言われている」 「・・・ですが、孔雀が手にして血に飢えないとは・・・」 「『冥王』は今でも生きているだろう？・・・天に月、地には華、空を染め灼く蒼い焔・・・月華を手にした『冥王』を詠ったものとされている」 「そして刀銘の由来でもある・・・ですか」 「刀工は『冥王』を蒼い蓮だと言ったらしい」 夢幻の彼方にある、善悪の彼岸を超えた「死」を司る蒼い蓮の華。満月の光を浴びて華開く、死の王。 「・・・確かに・・・孔雀にはふさわしい刀かもしれない・・・」 |