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キャット・テールの帰りを待ち望んでいた彼らが、いつか会った高級官僚の姿を見つけたとき、不安そうな視線をリーダーに向けた。 「キャット・・・」 「『警察庁』には連絡していませんよ」 治安『判事』が微笑んでそう言ったとき、ぎょっとしたように顔を見合わせた。 「本部長にばれたら叱られるでしょうけれどね」 車から降りた翡翠の後ろには、長い黒髪の少年がくっついている。物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回している様は、年相応の少年にしか見えない。 『冥王』------ベータ・ゾーンから姿を消した二十年後の今でも、容易に人々を恐怖のどん底に突き落とす、伝説の殺人鬼------ 「リプト、刀は？」 「クトに触れないように、ケースへ入れておきましたよ」 簡易金庫になっている箱のダイヤルを回して、刀を取り出す。リプトからキャット・テールに、そして『冥王』孔雀の手に、長剣が手渡された。 「それは確かに、あんたの刀かい・・・？」 怯えたようにクトが尋ねる。いとも簡単にさらりと鞘から剣を抜いた孔雀は、こっくりと頷いた。 「ああ、俺の月華だな。これ、どこにあった？」 「地下第五層・・・ナーピ・ストリートの下辺りに」 「ふーん、そっか。俺、どっかへ片づけた記憶はあったんだけど、どこへ入れたか思い出せなかったんだよな、ずっと」 「まるでモズのハヤニエだね、それ」 「うるせーな！どうせ俺は記憶力が悪いよ！」 抜き身を手にしたまま翡翠の半畳？に怒鳴り返している孔雀の様子は、いつもとまるで変化がない。手にした刀に殆ど頓着していない様子だ。 「あの・・・」 「何だよ」 「あんた、その刀持ってて何も感じないのか？」 「重さぐらい感じるよ、お前俺をバカにしてんのか！」 「そ、そうじゃないよ！そうじゃなくて、あの、なんて言うか・・・」 『冥王』に怒鳴られて卒倒しそうなクトの様子に、さすがに部下を気の毒に思ったのかキャット・テールが口を挟んだ。 「重いとか軽いとかそんなんじゃなくてな。こいつ、あんたの刀に魅入られちまったんだよ、錯乱して人殺しまでしそうになるくらいね」 「ああ、そう言う意味か・・・そうみたいだな。昔も俺以外の奴が手にしたら、おかしくなったみたいだけど。十人近く死んだかな？」 「じゃあ、あんたは平気なのか？・・・」 「別にどーってことないよ。俺の刀だもん」 「あんたに返したら、もう俺は大丈夫なのか？」 「お前が死ぬ前だったらな。別に呪いの刀って訳じゃないしさ」 「・・・よかった・・・！」 鞘に刀身を納め、しげしげと久しぶりの愛刀を見つめる孔雀に、キャット・テールが好奇心を抑えきれずに尋ねた。 「月華蒼焔は本当に、七人の人間を焼いた炎で打った刀なのかい？」 「らしいよ。俺はよくわかんねーけど、たいばんがどーとか言ってた気がするな」 「あんたが殺した人間の？」 「知らねーよ、俺が作ってくれって言ったんじゃねーもんな」 「え、そうなの、孔雀？」 てっきり、孔雀が刀工に強いて作らせたと思っていた翡翠が意外そうに尋ねる。孔雀はこっくりとうなずいた。 「璃刀とかいうジジイが使ってくれって泣いて頼むから貰ってやったんだよ。ま、名人とか言われてただけあって、切れ味も手のなじみも抜群だけどな。俺の火焔呪で最後に灼き締めたから、刃こぼれもしないし」 すらりと抜き放ちざまに、鉄柱にむかって斬りつける。音もなく、切り取られる鋼鉄の固まり。クトですらテーブルを綺麗に両断できたのだ、孔雀なら鋼の固まりでも朝飯前だろう。 「血で洗ったとか研いだとかいう話は？」 「そんな、いくら月華でもかえって鈍るよ」 孔雀は不意に愛刀をひねくり回しはじめた。目測で長さを測ったらしく、数度首を傾げた後、翡翠を振り返った。 「あのさ、これ、お前んとこ置いといてよ」 「・・・『法廷』を納戸か何かと勘違いしていないか？君は」 「だってさ、今日お袋が泊まりに来てるんだもん」 「それが一体何の関係があるって言うんだ！」 「あのなあ、ただでさえ狭くて片づけろって怒られてるのに、こんな嵩張るモン持って帰って見ろ、それこそぶん殴られるじゃん。代わりにストーブとかこたつ布団とか預かってくれる？」 「・・・月華でいい。そのかわり、今日だけだぞ！」 「え〜」 「自分の刀なら自分で管理しなさい！」 孔雀は布袋へ刀を入れながら、ぶつぶつ言った。 「お前の言いぐさってまるでお袋みたい。お前お袋に似てきたぞ」 「・・・誰のせいで小言ばっかり言う羽目になってると思うんだ！！」 「お前、元から小言大魔人じゃん」 「なんだと！」 ・・・それから、一ヶ月経ったある日のこと。 刀の手入れをしていた（もちろん普通の刀だ）クトが、ふとキャット・テールの顔を見て言った。 「あ、キャット・・・」 「何だ？」 「あの、『冥王』の刀・・・もう、『冥王』が持ってるのかな」 「何だ、返したのが惜しくなったのか？」 からかうようにナッシュがクトの背中を小突くと、クトは顔を赤くして首を振った。 「ち、違うよ、もうあんな怖い刀、持っていたくないよ・・・ただ、また身近にあったら手にとってしまうんじゃないかって、それがちょっと怖くて・・・」 「ああ、それなら心配ない。お前の手にはもう戻らない所にあるさ」 「何それ？」 「治安『判事』の手元にあるそうだ」 「あれ、『冥王』が引き取ったんじゃないのか」 キャット・テールは苦笑して肩を竦めた。 「いや、実は俺も気になってな、治安『判事』にコンタクトを取ったんだ。そうしたら、こっぴどく怒鳴りつけられた」 「へ？なんで？」 「明日明日と一日延ばしにして、未だに取りに来ないんだと。よくもあんなもの掘り出してきたなって、もの凄い剣幕で怒鳴られたよ」 「・・・何か、治安『法廷』のイメージ変わるなあ・・・ていうより、『冥王』のイメージって言うべきかな」 あくまでも『中級』でしかない『キャット・テール怪盗団』のメンバーは、治安『法廷』や『ガーディアン』たちに遭遇することは皆無と言って良い。今回のように、こちらから敢えてコンタクトを取らなければ、顔を合わせることもないだろう。 キャット・テールは手の中に握り込んだ鉄の塊に視線を落とした。あの時、孔雀が試し切りに鉄柱に斬りつけた、その時の破片である。その切り口は、まるで研磨加工で磨き上げた化粧板のように美しく滑らかだった。 いつか見たことがあると思った、クトが叩き斬ったテーブルの切り口。昔、孔雀に斬りつけられたとき、紙一重でかわした剣が切り取った鉄扉の切り口が、それと似ていたのだ。 「・・・変わらないな」 昔の切り口と、全く変わらない。いいや、もしかしたら、更に凄みを増しているかもしれない。何度触れても全く摩擦を感じさせない切り口。昔と違って他愛のないことで一喜一憂している子供のような孔雀だが、それでも、彼は『冥王』・・・月華蒼焔刀は確かに自分の主を忘れては居なかったのだ。 やはり、会いたくない。 絶対に敵に回したくない。 キャット・テールは鉄塊をそっと握りしめた。 |