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その時、キャット・テールは次の襲撃先のデータをもとに、副官格のリプトと計画を練っていた。味方はもちろんだが、相手にもなるべく損害は与えたくない。金銭的なものは別としても、誰かを傷つけたいと思っているわけではないからだ。それには、誰にも気づかれないうちに忍び込み、出ていくための計画が必要になる。警備が手薄になる時間帯、死角を生み出せる可能性のある位置、それらをはじき出すのがリーダーであり、「怪盗」と名乗るキャット・テールの仕事であり、腕の見せ所でもある。 「キャット、ここの警備員だけはちょっと眠っていてもらわなくちゃならないと思うんですがね」 「そうだな、途中で騒がれては元も子もない。薬で眠ってもらうことにしよう」 「こっちのライン切断は私がやりますよ。ブツをいただくのは、キャットにお願いします」 「画面合成はもう出来てるのか？」 「ええ、昨日出入り業者に化けて廊下中掃除してきましたからね。おかげで体中ミシミシ言ってまさあ」 「もうトシなんじゃないのかい？」 「そいつはひでえや」 キャット・テールとリプトが笑ったとき、何か物が倒れる音が響いてきた。それに併せて、数人の怒号と悲鳴。 「なんだなんだ、喧嘩か？」 「それにしちゃあ、派手だな」 いつもは滅多に喧嘩騒ぎもなく、たとえもめ事があったとしてもこれほどの騒ぎにはならないのだが、今日はいささか様子が違っている。再び物が倒れる音とガラスが割れる音がしたとき、キャット・テールは立ち上がった。喧嘩程度でわざわざ間に割って入ることなどしたことはないが、今日の空気には何かいつもと違う、尋常ではないものを感じ取ったのだ。 「おい、何の騒ぎだ」 「あ、キャット、それがクトの奴が・・・！」 「クト？」 いつもなら、誰かの間に割って入って仲裁する役になってしまっているクトが、珍しく今日は喧嘩の中心なのかと首を傾げた瞬間、キャット・テールはぎょっと目を見開いた。酒盛りでもしていたらしいテーブルは綺麗に真っ二つに叩き割られており、床に皿やグラスが割れて散乱している。そして、そのガラスを踏みにじってじわりと一歩足を進めたクトの目は血走っており、目尻が吊り上がっている。 「落ち着け、クト！誰もお前の刀を取ったりしやしねえよ！」 「俺の・・・刀だ・・・」 「わかってる、それはお前の刀だ、勝手に触ったサントが悪かったんだ」 兄貴分のナッシュがなだめるように良いながら、じわり、と歩を進める。 「もう勝手に触ったりしねえから許してやれよ、な、クト？」 間合いをはかりながら、床に転がった鞘を拾い上げる。クトの腕を取り、刀に触れないように気をつけながら鞘へ納める。音もなく完全に鞘の中に刀身が収まった時、クトが小さく呻いて頭を押さえた。 「お前、飲み過ぎたんだ。早いとこ寝ちまえ、明日は仕事だぞ」 「・・・ああ・・・うん」 ふらふらとした足取りで自分の部屋へ戻っていくクトだったが、それでも刀は後生大事に腕の中にしっかりと抱え込んでいる。その後ろ姿が消えたとき、ナッシュはほっとため息をついた。 「・・・俺、ちょっと見せてくれよって言っただけなんだぜ」 騒ぎの発端を作ってしまったらしいサントが、困ったように肩を竦めた。 「ホントに触っただけなんだぜ、あいつから取り上げようなんてこれっぽっちも・・・」 「わかってるよ、あんたが悪いなんて思ってない」 すっぱりと切り取られたジャケットの切り口を情けなさそうに見つめるサント。 「いきなり斬りつけるなんてひでえや。この間買ったばっかなのに」 「うわ、すっげえ」 テーブルを調べていたリプトが頓狂な声を上げた。気遣わしげにクトが消えた廊下を見つめていたキャット・テールが振り返る。 「何だ、どうした？」 「見てくれよ、まるでチーズでも斬ったみたいな切り口だぜ。クトの奴、こんなにいい腕してたっけか？」 「・・・どこかで見たような切り口だな・・・」 それは確かに、恐ろしいほど滑らかで美しい、見事な切り口だった。クトは大人しい性格とはいうものの、剣の腕はメンバーの中では一、二を争うものをもってはいるが、それでもここまでの技能を持っていただろうか。いいや、それ以前に、この切り口はどこかで見たような気がするのだが、それがどうしても思い出せない。 キャット・テールは疲れたように軽く首を振った。 「まあいい。今日はもう早く寝ろ、明日はワイマーの屋敷を襲撃するんだ。手強い相手だ、油断するな」 「はい」 「ナッシュ」 部下たちがぞろぞろと自分の寝床へ引き上げる中、ナッシュだけを連れて先ほど作戦を立てていた部屋へ戻る。リプトが扉を閉めると、問われるより先にナッシュが口を開いた。 「サントの言った通りなんです、サントはただちょっと見せてくれって言って手を出しただけなんだ」 「クトはそんなに飲んでいたのか？」 「いや、それほど飲んでないと思うんですが・・・でも、あの時、クトの目つきは何かおかしかったし・・・俺たちも結構飲んで騒いでたから、気がつかなかっただけかもしれない」 「そうか・・・まあいい、ちょっとここ数日、クトの様子は少しおかしいぞ。明日も気をつけてやってくれ」 「はい、わかってます」 「頼んだぞ」 ナッシュが出ていった後、リプトがぽそりと呟いた。 「何だかイヤな予感がしますよ」 「・・・俺もさ」 |