月華蒼焔 1









「うへえ、きったねえなあ」
 男が辟易した声を出した。もうもうと立ち上る埃に、その場にいたもの全員がくしゃみと咳を繰り返す。
「こんな所にお宝なんてあるのかよー?」
「間違いないって、隠し扉の中にがらくた入れる奴なんていねえだろ?」
 地下街第五層。
 善良な一般市民には恐ろしくてとても足を踏み入れることなど出来ない暗黒街だが、犯罪に手を染める人々にすれば、そこはまだ明るく健全な街の一角だ。物騒は物騒だが、意外と死亡率は低い。一つには、犯罪者仲間の社交場とでもいうべき位置にあるからだ。そのかわり、どこの警察署にも届けられることはないが、盗難発生率は異常に高い。油断をすれば、泥棒でも盗まれる、まさに生き馬の目をくりぬくような場所である。
「きっと、誰かが獲物をここへ隠したに違いねえ」
「よそ様の稼ぎを横取りするなんて、キャット・テール怪盗団も落ちぶれたっつーか・・・」
「仕様がねえだろ、生活費が底をついてんだから!背に腹は変えられねえよ・・・それに、キャットだってあんまり阿漕なことをしなけりゃあ、自由にして良いって言ってくれてるんだしよ。スラムから盗むよりゃあマシってもんさ」
「違いない。油断する方が悪いんだしな」
「そーいうこと」
 今となっては知らぬ者のない「キャット・テール怪盗団」のメンバーであるナッシュ、ザウル、クトは隠し扉をまんまと探り当て、中へ潜り込んだ。つん、と埃っぽいカビの匂いが鼻を突く。
「かなり長い間、誰も入ってないんじゃない?」
「うーん、見当が外れたかな・・・」
 彼らも隠し部屋をいくつもあちこちに持ち、そこへ盗み出した財宝や武器弾薬を隠しておくのだが、いつもいつも同じ場所に置いておく訳ではない。一定期間使ったあとは、全て持ち出してまた別の隠し部屋へ移してしまう。行動様式がパターン化し、足がつくことをおそれるためである。
「八四式機関銃?一体いつのだよ、これ」
「こっちはノン・ホール式火炎弾だぜ。こんなもの、骨董品屋でもひきとっちゃくれねえよ」
「十年以上前の武器ばっかじゃん」
「下手したら二十年、もっと前かもよ」
「うへえ、とんだ骨折り損だ」
 大儲けできなくてもいいが、せめて一月や二月、遊び暮らせるだけのものを当てにしていた若者たちは、うんざりした顔でため息をついた。
「あ、でもこれ・・・ほら、刀の方はそうでもないぜ」
 ナッシュが木の箱をこじ開けた時、嬉しそうな声を上げた。
「多少錆は浮いてるけどさ、これくらいならすぐに綺麗になるよ」
「おっ、こっちは売れそうだな」
「ザウル、全部出して見ろよ」
「よしきた」
 木箱から中に入っていた二十本足らずの刀剣を床へぶちまける。長剣や短剣、いろいろあったがそのどれもが実用的で使いやすそうなものばかりだった。
「装飾はちょっと古くさいけどさ、渋みがあってかえって良いかもな」
「・・・ちょっとこれ、見ろよ・・・」
 一本だけ布袋に入れた上に鉄の箱に収めてあった剣を鞘から抜いたクトが、感動的とも言える声で仲間を呼んだ。
「この刀身、蒼く光ってる・・・凄く綺麗だ・・・」
「すげえ、触っただけで切れそうだな」
 ナッシュはそういいながら、眉をひそめていた。何故かはわからないが、その長剣にあまり良い感情を持てなかったのだ。
「こんな綺麗な刀、見たことないよ、俺・・・」
 ザウルがナッシュを見て、軽く肩を竦める。ザウルもナッシュ同様、あまり良い印象を持たなかったようだ。
「この刀、俺がもらってもいいかなあ?」
「そりゃ、キャットはあんまりそういうの気にしないから、お前が持っていたいって言ったら反対はしないだろうけど・・・」
 キャット・テール怪盗団にはある種の「掟」があって、換金可能な財宝の類は必ずリーダーであるキャットに提出しなければならない。そこからあらゆる費用が出されるのだが、メンバーが私有したいと申し出たものは、全員の同意があれば払い下げられるのである。ただし、武器刀剣類は別で、実用品の範疇に入るものは殆ど無条件で所有を許される。もちろん、今回のように大量に手に入れた場合、売却した金は全員の共有財産として供出させられるのだが。
「でも・・・俺、あんまりその刀、良いと思わないけどな・・・」
「何でだよ、ナッシュはこの刀の良さがわかんないのか?」
 普段は大人しいクトが、兄貴分に食ってかかるというのも珍しい話だった。尤も「大人しい」といったところで、世を騒がせる「キャット・テール怪盗団」のメンバーとして十二分の働きを見せているのだから、割り引いて考える必要はあるのだが。
「いや、別に文句つけるつもりじゃねえんだよ」
 少し慌てたようにナッシュが弁解した。彼は同じ第二スラム出身の弟分を、実の弟のように可愛がっているのである。多少甘くなるのは、本当の弟を病気で失ったからなのだろうか。
「ただ、なんてーか・・・うん、そう、好みだよ!俺はあんまり好きじゃないっていうかさ」
「何で?持った感じも凄くいい感じだよ。手になじむっていうかさ」
「どれどれ、俺にもちょっとだけ貸してくれよ」
 ザウルがクトから受け取って、軽く上下させた。大刀の割にそれほど重量を感じさせず、さりとて軽くもなく、丁度手頃な重量感がある。
「・・すげえな・・・骨までぶった切れそうだ」
「おいおい、物騒だな」
「え?あ、ごめん、何言ってんだ俺」
 はっと我に返ったように、慌ててザウルが刀をクトに返した。
「装飾も凝ってる割に、ものすごく実用的な感じだな。普通、宝飾剣っていったら使い勝手が悪いのが多いけど」
「実用なんじゃない?石ついてるけど、大した価値のある石でもないもんね」
「水晶と・・・何だろ、この緑の石?」
「大理石かな」
「バカ、緑の大理石なんかねーだろ」
「そうでしたそうでした」
 ナッシュは袋に残りの剣を無造作に放り込むと、肩に担ぎ上げた。
「おい、そろそろ引き上げようぜ。持ち主が帰ってきたら面倒だ」
「そうだな」
 相当長い間、人が入った気配がないのだから大丈夫だろうとはいうものの、絶対に大丈夫だという保証もない。「殺すべからず」が絶対の掟の「キャット・テール怪盗団」なのだから、争いになりかねない状況は避けるべし、だ。
「クト、その刀はお前持ってろよ。キャットに報告するのだけは忘れるなよ」
「うん、わかってるって」
 嬉しそうに、クトが笑った。
 
   



(つづく)






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