|
ダーランド市街区は、オフィスビルが多く、それほど犯罪発生率は高くない。さすがの揚羽係長も、地下街やスラムといった犯罪の温床のような場所へ、新人を連れたチームを派遣するほどの鬼ではないということだろう。千歳・但馬の人呼んで「空港チーム」が割り当てられた重点区域は、新人警邏巡察官が最初に派遣される市街区の一つ、ダーランド市街区だった。 「さてと・・・こんなところで機動服着て巡察したって仕方ねーんだけどよ」 但馬はレーザーガンを装着したホルダーの安全装置を解除しながら誰にともなく呟いた。 「千歳、お前、一番最後に内界巡察したのはいつだ？」 「えっと・・・」 携帯通信機の周波数を内界用にセットし直しながら、千歳は記憶を辿った。が、記憶はどこまで行っても超界してアルファ・ゾーンまで追った指令しかリストアップしてくれない。 「・・・ずっと前に、『ガーディアン』が反乱を起こした事件があったろ」 「ああ、治安『法廷』が爆破されて、監察コンピュータがダウンした」 「いや、その後だよ・・・孔雀がカルトンを殺すために暴走しただろ」 「な、何だそれ？！」 「あれ、知らない？そういえば但馬は超界捜査してたんだっけ？」 「そうだけど、でもそんな大きな事件があれば、俺だって知ってても不思議じゃないけどな」 はっと千歳は口を閉ざした。 あれは、もしかしたらトップ・シークレットだったのか？事件後、特に口止めされていなかったから、もう公表されたものとばかり思いこんでいたのだが、良く考えてみれば、治安『判事』の制止を振り切って暴走した『ガーディアン』の存在など、『法廷』が認めるはずがない。 もしかしたら、自分は大変なことを口走ってしまったのか。 だが、研修生------塚沙（つかさ）は端正な顔に僅かに笑みを浮かべて言った。 「聞き及んでいますよ、千歳巡察官。『冥王』と親密であるが故に、『冥王』探索の任務を治安『判事』から直接委任されたと」 「いや、その・・・親密ってほどじゃないし、委任されたってほど大した指令でもないんだけど・・・」 塚沙の耳には、千歳の殆ど言い訳のような説明は入ってはいない。むしろ、治安『判事』と面識があるがために敵愾心をメラメラと燃やされているようだ。 これは少々、難儀なことになりましたよ。 千歳は溜息をついた。こんな新人さんに敵愾心を燃やされたって嬉しくも何ともない。まだ、他のチームが担当した研修生ならば、少しくらいは（たとえ冗談でも）「僕って有名人。」等と自慢することもできるのだが、自分が教官として担当する研修生にそんな感情を持たれては百害あって一利なしだ。指示や命令に素直に従ってくれなければ、研修生は勿論のこと、こちらも死ぬ確率が格段に高くなってしまう。 一言いっておいた方がいいだろうか、と口を開きかけたとき、先に但馬が声をかけた。 「塚沙、最初の指示だけど」 「はい、何でしょうか」 「手柄とか、大物を逮捕しようとか、そういうことは考えるな。極端なことを言えば、相手を取り逃がしたって構わない」 「・・・しかし、指名手配犯を取り逃がすことによって、更なる犠牲者が出る危険性が・・・」 「その犠牲者になりたいんだったら、俺は別に構わないんだけどな」 会議室で浮かべていた、呑気な笑みはすっかり陰を潜めている。塚沙はその表情を見て、口をつぐんだ。 「初級だからとか、高級だからとか、そんなのは関係ない。犯罪者はみんな、トレーサーや警邏巡察官を殆ど憎悪の目で見ていると思え。隙を見せたら殺されるんだ。自分が生き残ることを考えろ」 「と、いうより」 千歳は溜息をついた。 こんなことから教えたくはなかったが、塚沙や但馬、そして自分の身の安全を第一にするのなら、致し方ない。千歳だって、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。 「相手を殺すくらいのつもりでかからないと、生き残れない」 「・・・！」 「機動服を着ているってことは、つまりそういうことだよ」 軽く視線で塚沙の注意を促す。慌てて視線を移した先には、妙に暗い目つきの男が、目を細めて三人を見つめていた。その目には、塚沙にもはっきりとわかるような、害意が潜んでいた。 「あれは、・・・」 「ただの浮浪者だよ。よっぽどのことがなきゃ、殴りかかってきたりはしないよ」 「で、でも、さっき確かに私たちを・・・」 「殺そうとしてたわけじゃないさ。まあ、言ってみれば、ちょっとムカつく、・・・って感じかな？」 「・・・あれで？」 あんなに露骨な、はっきりとした害意を含んだ瞳で睨み付けていた、あの男は単に「ちょっとムカつく」程度の感情しか持ち合わせていなかったと言うのか？ 「塚沙、君が今までどんなふうに過ごしてきたのかは知らないけれど、巡察官になるのなら、相手の感情をもっと読めるようになることだね。それも、悪意や害意、殺意といった負の感情をね」 「負の感情、ですか」 「巡察官に対して向けられる感情は、殆ど百パーセント、悪意だよ」 但馬が吐き捨てるように言った。 「これから二週間、いやってほどそれを思い知らされるさ」 |