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ＨＲ倉庫の前で心配気な友紀を無理に返し、千歳はそっと扉をあけた。 いる。冷たい気配と、そして血と肉の焼けた匂い。 「・・・クルズ、どこだ？！」 返事はない。クルズの気配は、まるで倉庫全体がクルズ自身だとでもいうよ うに、分散してしまっていて、どこにいるのか全く見当さえつかない。 ふと、風が動いた。頭で考えるより先に、体が動いていた。戦いの中で培っ た、第二の本能とでもいうべき、戦闘能力。たった今まで立っていた地面が裂 け、長剣が生えていた。クルズの得物だ。 「さすが『トレーサー』、身のこなしが尋常じゃねえなあ」 「そりゃどうも！」 すぐ横にあった建築資材らしき荷の中から鉄パイプを引っ張りだし、クルズ 目掛けて打ちかかった。人質がどこにいるのかわからない以上、下手に銃など は使えない。 ガキッという鋭い音がして、パイプと長剣がぶつかりあう。二、三合打ちあっ たあと千歳は横に飛び、鋭い蹴りを放った。ゴッ、という鈍い音と共に、クル ズの姿勢が崩れる。間髪入れずに攻撃を仕掛け、長剣が横に薙ぎ払って千歳の 脚を襲うのを上方へ跳んで避け、顔面に蹴りを入れる。元々の体力の差か、年 令の差か、それとも戦闘センスの差か、クルズは千歳の攻撃を避けきれず、よ ろめきながら間を取ろうとした。 息つく間も与えず、一気に仕留めてしまおうと千歳はパイプを振り上げ、ク ルズに打ちかかった。絶妙のタイミング、スピードで、見事クルズを仕留めた と確信した次の瞬間、クルズの姿がかき消すように消えてしまった。 「しまった、テレポートか！」 「動くな！」 クルズの声と共に、暗かった倉庫の照明がすべて一斉に点いた。 「これが見えねえのか？」 「・・・こ、これは・・・!!」 倉庫に入った瞬間から匂っていた、血の香り。照明に照らしだされた倉庫に は、ズタズタに切り刻まれた女性や子供の死体------元は人であったであろ う肉片------の中に、クルズは立っていた。 「こいつらがどうなってもいいってのか？」 クルズの足元には、同じように切り刻まれた、しかしどうやらまだ息はある らしい人質たち十人近くが、低いうめき声を洩らしていた。 「さあ、そのパイプを捨てな」 「・・・」 「こいつらがどうなってもいいってのかァ？」 クルズの足が、幼い少女の頭に掛けられる。ぎし、と音がした。 「やめろ・・・！」 「さっさと武器を捨てるんだよ。もちろん、『トレーサー』ご自慢のガンも、 な」 パイプを落とし、銃を取り出すと、クルズは手を動かして、そちらへ投げて よこすよう指示した。千歳の手から銃が投げ捨てられ、クルズの足元に落ちた。 「これで形勢逆転だな」 銃を拾うと、にやりといやな笑いを笑い、千歳の右肩を撃ちぬいた。 「うあ・・・！」 「てめえの銃で撃たれる気分ってのはどうだい？」 続けざまに左肩、両足、右腕、と打ち抜き、戦闘は愚か逃げることさえ出来 ない状態に陥れたあと、クルズはナイフを手に、千歳の髪を掴んで顔をあげさ せた。 「痛いか？」 「・・・」 「今すぐ楽にしてやる、と言いたいところだが」 クルズのナイフが右肩の傷口へ潜り込んだ。なにかを抉りだすような、傷口 を引っ掻き回すような動きをする。 「・・・!!」 下手に悲鳴をあげると、かえってクルズを喜ばせ、自分で自分の死を早める 結果となる。千歳は必死で声を飲み込んだ。 「俺はお前みたいに強い奴を、無抵抗にしてからいたぶるのが好きでなあ」 「う・・・」 「かわいそうになあ、若いのになあ・・・お前、楽には死ねないぜ」 千歳の体に馬乗りになると、シャツを引き裂いた。ナイフをあてがい、左肩 から右脇腹へ、慎重に、まるで何か貴重な動物を解剖するかのように、肌を切 り裂いていく。 「やっぱりあっちのヤツの体はいいなあ・・・刃ざわりが違う。この間はすぐ 逃げられちまったからな」 傷からの出血が激しく、頭が朦朧としてきた。痛みのためか出血のためか、 耳鳴りがする。楽しげに笑うクルズの手が喉に掛けられ、喉骨を圧迫する。今 までの殺人行為でそのコツをつかんだか、激しい苦痛を与えられるばかりで息 が止められず、いつまでも苦しみだけが長引く。 一体、何度ナイフが千歳の体を切り刻んだものか------ 「やれやれ、見てらんねーや」 意識の薄れかけていた千歳の耳にもはっきり響いた、涼しげな声。 「てめえ、さっさとそいつに捕まってりゃよかったのに」 「き、きさま、一体------？！」 クルズは引っ繰り返った声で喚いた。いくら「お楽しみ」の最中だったとは いえ、人間が近付く気配さえ感じなかったのに？ 千歳は千歳で、息を呑み、自分の身の危険よりもその人物の身の安全を案じ、 潰れそうになっていた喉の奥から、やっとの思いで声を絞りだした。 「友・・・紀、どうし・・・て・・・！」 |