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立ち上がった千歳は、銃を取り出してエネルギー残量を確認した。バッテリーの予備はまだ二本ある。相手が一体何人になるのか、今の段階ではまだわからないが、多勢に無勢、少人数でかかる時はゲリラ戦法が最も有利だ。刃の厚いナイフと合金刀を振り出したとき、キャット・テールの部下の青年------名はライムというのだと教えてくれた------がどこか咎めるような口調で言った。 「その合金刀で殺すのか？」 「・・・できれば、僕も殺したくはない。でも、相手はあんたたちとは違うんだ」 「俺たちなら、そこまでしなくても大丈夫、ってことか？」 「つっかかるなよ。・・・そうじゃない、あんたたちは、僕を殺そうとは思わないだろう？」 はっとしたように口を噤んだ青年をみて、千歳は淡い笑みを浮かべた。 「僕はキャットとやり合ってるときに、この合金刀を使った。でも、それは彼を殺すためじゃなくて、あくまでも抵抗を抑えるため、捕まえるためなんだ。・・・だけど、あいつらは違う」 千歳は視線をはずした。ライムの視線もつられて、同じ方向へ移った。遠くに見える、黒っぽく、油が滲み出したような崩れかけた壁がそびえ立つ、ウエスト・サイド地区の古びたスラムビル。老朽化したビルは、爆破処理用の爆弾など仕掛けられては、ひとたまりもないだろう。 「自分たちの金儲けのために、何の関係もない数千もの人間を巻き添えにしようとしているんだ・・・『トレーサー』の一人や二人を消すことなんて、何の抵抗も感じないだろう」 「・・・」 「傷つけたくてやってるわけじゃない・・・でも、今ここで殺されてやるわけにはいかないんだ。それ以外に方法がないのなら・・・殺す」 治安を護るために、何の罪もない一般市民を護るために。ベータ・ゾーンの治安は、自らの手を血で汚さなければ到底守れないところまで、堕ちている。 「・・・悪かった」 ぼそりと呟いて、ライムはぷいと仲間の方へ歩み去ってしまった。青年の後ろ姿を見送っていた千歳は、ふと不安気な表情をキャット・テールに向けた。 「あの・・・僕、何か気に障ること言ったのかな？」 「そうじゃない、逆だ。あいつは警官だの何だのってヤツには突っかかるしか知らないんだ」 苦笑して、キャットは肩をすくめた。 「お前さんこそ、悪かったな。気を悪くしないでくれ」 「いや、僕は慣れてるから別に構わないけど・・・でも、良かったのかな？」 「何がさ」 「正直言って、最初から殺すつもりでかからないと、爆破を阻止するどころか、自分が生き延びるのも危ない状況だよ。それは、あんたたちの主義とは反することだろう？」 「心配するなよ、殺られそうになったらお前さんに押しつけてとっとと逃げるから」 「・・・あのねえ・・・」 「冗談だよ。でも、俺たちのことは心配しなくて大丈夫だ。ずっと、俺たちを殺そうとしているヤツと渡り合ってきたんだ」 『トレーサー』は、中級程度の彼らを殺してまで捕らえようとはしない。命の危険を感じない限り、そして切迫した市民への危険事態が生じない限り、中級の犯罪者に対する射殺は許されていないからだ。だが、同じ犯罪者なら、話は全く変わってくる。自分の利権のためには「キャット・テール怪盗団」は邪魔以外の何者でもないという場面も数知れずあっただろう。 だが、それでも彼らは「誰も殺さない」ことを信条に、今まで生き延びてきた。 「・・・行こうか」 「ああ」 ウエスト・サイドビルの中では、黒づくめの怪しげな男たちがこそこそと動き回っていた。あまり人のいない区画へ入り込んでは、黒い小さな箱を固定させて小さなボタンを押していく。いつからか、所有者に無断で住み着きはじめた浮浪者たちが遠巻きにその様子を見るともなしに眺めている。スラムの住人たちは、自分たちにふりかかる暴力以外は見て見ぬふりをすることを、いつの頃からか覚えるのだ。 「おい、そっちはどうだ」 「終わりました。簡単なモノでさ」 黒い手袋をはめた手をわざとらしく叩いて見せる部下に、グループのリーダーらしい男はにこりともせずにうなずいた。 「よし、Ｂブロックの奴らと連絡を取れ」 「それが・・・」 ハンディトーキーに向かっていた男が眉を寄せた。 「どうした」 「実はさっきから連絡を付けようとしてるんですが、全く応答がないんで」 「なんだと？・・・」 老朽化してはいるが、元は立派なオフィスビルだった建物だ。頑丈に組み込まれた鉄筋が邪魔をして通信の阻害をしているのだろうか。いや、確かに雑音が多く入ってはいたが、通信ができなくなるほどのものではなかった。地下室に入ったグループならまだしも、同じ地上階にいるＢブロックが音信不通になるはずはない。 「まさか、住人の奴らに・・・」 男の声を聞きとがめるように、部下の一人が言った。 「まさか、あいつら、こそこそ隠れて回るしか脳のねえ奴らですぜ。ましてや、Ｂブロックにはジェンツーの兄貴がいるんだ、そんじょそこらのヤツに負けるわけねえ」 確かにその通りだった。 ジェンツーという、いささかアタマは弱いが力だけは有り余っているチンピラが、万年欠食状態のスラムの住人に負けるはずはない。だが、油断は禁物だ。彼らとてまたノイエ・オサカシティーの住人、不意をついて相手を殺すこともできないではないのだ。 「・・・他のブロックにいる奴らに連絡をとれ」 「へい」 嫌な予感がする。男は煙草に火をつけた。 「Ｃブロック、応答願います・・・Ｃブロック、Ｃブロック・・・おかしいなあ、さっき連絡したばっかなのに」 「順番に呼び出せ」 「へい・・・Ｄブロック・・・Ｅブロック・・・Ｇブロック」 『こちらＧブロック』 「異常はねえか」 『異常だって？何にもねえよ、ブツの設置も順調に進んでる』 「そんなら良いんだが・・・」 『一体何だって・・・』 突然、Ｇブロックからの通信が途絶えた。ハンディトーキーからは、何の物音も聞こえない。誰かに襲撃されたのなら、それらしい音がしてもよさそうなものだが、全くの無音状態だ。それがかえって、Ｇブロックが非常事態にあることを示唆しているようだ。 「おい、Ｇブロック、どうした？！返事しろ、おい！」 ハンディトーキーから、ヒステリックな叫び声が響いている。棒立ちになった男は、それに全く答えようともしない。やがて、男の体がゆっくりと崩れるように床に倒れ伏した。 暗闇の中から、埃にまみれた黒いブーツが一歩を踏み出した。怒鳴り声をあげ続けているハンディトーキーをその足にかけたかと思うと、まるで紙屑のように踏みつぶした。 特殊鋼入りのブーツでハンディトーキーを踏みつぶした千歳は、さっと右手を振った。暗闇の中から姿を現したキャット・テールとライムが、気を失った男を縛り上げる。 「爆弾、どうする？」 千歳は首を振った。 「下手に手を出さない方がいいと思う。もし、単純セットなら解除は僕にでもできるけれど、多分ビルの解体用に連鎖セットしているはずだから・・・」 「仕方ないな」 「それより、急ごう。そろそろ、僕らの動きを察知されるかもしれない」 「ああ」 うなずいたキャット・テールは、ふと気づいたように千歳の足下に視線を落とした。 「なに？」 「いや・・・お前さんの靴、鉄板でも入ってるのか」 「うん、特殊鋼入りだけど」 「・・・そんなもので俺を蹴ってくれたのかい」 「今度蹴るときは気をつけるよ」 「ああ、そうしてくれ」 |