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若い女性の声が応答したとき、キャット・テールをはじめ、メンバーたちはぎょっとした顔で互いの顔を見合わせ、そして千歳の顔をまじまじと見つめた。 「こちらＪＰＸー１８３３、千歳三等巡察官です。治安『判事』に取次ぎをお願いします」 「どういったご用件でしょう？」 冷たい無表情で、女性が切り捨てるように言った。治安『判事』にはさまざまな便宜を図ってもらおうと面会を求めてくる。それをいちいち取り次いでいたのでは、多忙を極める治安『判事』は本来の業務が滞ってしまう。『法廷』事務官には、そういったわずらわしさを取り除く義務があるのだ。 「特別コードＣー５８３４６Ｘへ。通信コードＸＸＸーＳＣ」 画面に映っている女性の表情が微妙に変わった。手元の入力端末を叩いた後、一瞬の沈黙があった。千歳の額にじっとりと冷や汗が浮かんでくる。 「・・・コード確認しました。そのままお待ち下さい」 画面がふっつりと暗くなる。額の汗を拳でぬぐった千歳に、キャット・テールが話しかけた。 「一体今のは何なんだい」 「コード・トリプルエックスはエマージェンシー・コールなんだ。滅多な事じゃ使えないし、僕程度のトレーサーじゃ使用は認められていない」 「お前さんみたいな超界外勤トレーサーでも？」 「僕らは末端構成員に過ぎないからね」 「でも、コード確認って・・・」 「ちゃんとつないでくれるかどうかは別問題だよ。逆探知されてる可能性もないとは言えない・・・」 いきなり画面が明るくなった。一瞬乱れた画像に、不法接続に対する警告画面かと緊張したが、画面はすぐに黒衣の青年を映し出した。 「千歳巡察官、負傷は？」 首席で『判事』に任官した超エリートであるはずの青年は開口一番、そう尋ねてきた。千歳の生体反応が消失したという情報はすでに治安『法廷』のコンピューターにも入力されているのだろう。 「大丈夫です。肋骨が折れましたが、任務続行可能です」 「現在地はどこですか？」 「えーと・・・ラミダ・ストリート４番地です。緊急事態ですので、違法接続を承知の上で・・・」 「何があったんですか」 トリプルエックス・コードを使ったことに対する追求は、端からする気もないようだ。治安『判事』という地位にあっては、好むと好まざるとに関わらず、ある程度の弾力的な対応を強いられるということなのだろう。千歳は拍子抜けするような気持ちで、手短に事情を説明した。 「・・・何か、証拠になるようなものは存在しますか？」 千歳が答えようとした時、キャット・テールが映話機の前に出てきた。 「ある、と言ったら？」 「あなたはキャット・テール怪盗団のリーダーですね」 誰かと問わず、いきなり名前を出してくる治安『判事』の鋭さに、キャット・テールは苦笑して軽く口笛を吹いた。 「さすが、噂に名高い治安『判事』だ。俺みたいな小物でもご存知とはね」 「早く『特級』にランキングしろと、経済界のお偉方から、毎日矢のような催促が来ますから」 静かな笑みを浮かべて答える治安『判事』に、さすがのキャット・テールも口をつぐんだ。その顔に、いまだ幼ささえ残している美貌の青年が、数々の殺人鬼を部下として束ねているという事実に、いまさらながら思い当たったようだった。 『特級』にランキングするということは、とりもなおさず『ガーディアン』------殺人鬼たちに処刑させるということに他ならない。犯罪者の中で、治安『判事』と『ガーディアン』を恐れないものはいないだろう。 「あなたが、その証拠を持っているのですね？」 「リネス会長と副区長の密約書だ。これ以上確かな証拠はないんじゃないのかな」 「偽造されたものではないという証拠は？」 キャット・テールは肩をすくめて見せた。 「そんなものを作ったところで、俺には何の得にもならないね。殺し屋に命を狙われるだけ、損ってものさ」 「・・・なるほど。つまり、状況証拠だけということですね」 治安『判事』は目を閉じ、ため息をついたが、すぐに微笑を浮かべて言った。 「あなた方はウエスト・サイド区域へ向かって下さるのですね？」 「行きたくて仕方ないってわけじゃないだがね。乗りかかった船って奴だな」 「わかりました。本件は治安『法廷』管轄事案として処理します」 「え？」 千歳とキャット・テールは図らずも声を合わせて間抜けな返事をした。 なんと言っても、状況証拠だけしか存在しないということを確認した直後だ。そのまま千歳自身に処理を任せる、と言われても仕方ないと腹を括っただけに、治安『判事』が何を言ったのか、とっさには理解できなかったのだ。 「・・・回線状況があまりよくなかったようだ。悪いが、もう一度言ってくれないか」 「治安『法廷』として対処すると言ったのです」 「・・・できるのか、あんたに？ウエスト・サイド副区長と言えば、あんたより地位や権力はずっと上のはずだ。こう言っちゃなんだが、若い、ただの官僚のあんたに、狸オヤジの相手がつとまるのか？」 「ご心配ありがとう」 治安『判事』の顔に浮かんだ笑みを見たとき、千歳はなぜかぞっと背筋に冷たいものが走るのを感じた。 これは確かに、総勢五十三人の『ガーディアン』たちを束ねている者の表情だ。そして、あの伝説と化したほどの超凶悪殺人鬼、『冥王』孔雀をも従えている。 治安『判事』の名は、伊達ではない。 「私にとっての敵は、相手の権力でも地位でもない」 「じゃあ、一体何があると？」 「『犯罪』そのもの」 さらりと言ってのけたその言葉に、キャット・テールも思わずうめいた。 この青年の前には、世間一般で言うところの「敵」など存在しないのだ。いくら相手が権力や財力を振りかざし、圧力をかけようとしたところで、彼には通用しない。彼には怖いものなど一つもない。 この治安『判事』にとって、失うものはもう、何一つ、存在しない------ 「ですが、あなたがたのお話では、もう時間がないということですね」 「今ならまだ爆破できる可能性があると思っているはずです。実行するなら、『警察庁』が動き出す前を狙ってくるでしょう」 「千歳巡察官、任務の続行は可能ですね？」 「はい」 千歳はうなずいた。それこそ、乗りかかった船だ。ここで後を誰かに任せるくらいなら、最初からこんな違法接続までしでかそうとは思わない。 「こちらから要員を出しますが、そちらからも応援をお願いします」 「了解しました」 「くれぐれも、無理はなさらないでください。では、お気をつけて」 「ありがとうございます」 ぷつりと回線が切れた。 真っ暗になった画面をみつめたまま、千歳は再び汗を拭った。治安『判事』は決して冷酷な人間ではないが、職業的無表情とでもいうのか、あの完璧な無表情や冷たい笑みを見ると、背筋が寒くなってくる。 あの無表情のために、一体どれだけのものを彼は犠牲にしてきたのだろう？ 「絶対敵にはしたくないタイプだな」 キャット・テールも、同じものを感じ取ったようだ。冷や汗を拭うと、映話機の電源を落とした。 「おかしな話だが、副区長とリネスに同情するよ」 |