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「きゃーっ！」 「こわいーっ！」 友紀はため息をついてカーテンを頭からかぶっている教師たちを眺めた。 そりゃあ、暗闇の中、それも四人グループで使える懐中電灯はたった一つな のだから、足元がおぼつかなくて怖いのもわかる。突然大声をあげながら教室 の中から何者かが飛び出してきたら、驚く気持ちもわからなくはない。どきっ とするだろう、足もすくむだろう。 だが、相手は教師だとわかりきっているのだ。棍棒をもって殴りかかってく るわけでもない、ナイフを持ってこちらの命を狙ってくるわけでもない。「わー びっくりしたー」で済む話だ。なのに、なぜこいつらは、同級生たちは、こん なに驚き怖がることができるのだろう？ ベータ・ゾーンからアルファ・ゾーンへ移界させられてもう十年経つが、友 紀------『冥王』孔雀の意識は全く鈍ることはない。それどころか、子供の姿 に変えられたせいで、無防備になった肉体を守るために危険に対する警戒はいっ そう強くなった。四六時中、神経が尖っていて、気の休まる間もない。だが、 それでもこいつらは呑気に肝だめしなんかできゃあきゃあ騒いで・・・うらや ましいとは思わないが、何もかもがばかばかしくなってくる。何もかも、そう、 自分自身の存在でさえ------ 「・・・しがみつくなよっ、歩けねーだろっ！」 「だってえ、怖いんだものー！」 「何が怖いんだっ、カーテンか、それとも声か！」 「そんなんじゃなくてえっ」 この「お化け」の正体は教師だ。それは怖くもなんともないはずだ。という ことは、怖いのはカーテンか、それとも「ばぁ〜」という声か、どちらかのは ずだ。だが怖いのは「そんなんじゃない」だと？じゃあ、一体何がダメなんだ？ 暗闇の中でもかなりのものを見通せる力を持つ濃蒼の瞳を持つ友紀には、い やそれ以前に「怖い」という感情を持ち合わせていない友紀に理解できるはず がない。正体がわかっているものを怖がるというのも女だけが持つ独特の、一 つの才能なのだろうかと考えながら友紀は立ちすくむ三人を引きずり、出口へ と向かった。 蚊取り線香の匂いがぷんと鼻を突く。子供たちがほぼクラスごとに分かれて 寝転がっている体育館の中には、静かな寝息が澱のように広がっていた。 肝だめしではしゃぎすぎたのか、「今夜は徹夜するんだ」と張り切っていた 子供たちも、みんなすやすやと眠っている。それは毎年判で押したように同じ ことが繰り返されるために、教師たちも子供はみんな眠りこけていると信じて 疑わない。最初に人数をチェックしただけで、夜中に眠っている子供の数を数 えたりするような面倒な真似はしない。 だから、・・・友紀が一人で屋上まで登り、ぼんやりと月を見ているのにも、 全く気づいていなかった。 「つまんねー・・・」 物心ついたときから、ベータ・ゾーンにいたときから口癖になってしまって いる科白を口にして、友紀はため息をついた。 毎日毎日子供に囲まれた代わり栄えのない生活、アタマが蕩けそうな生ぬる い毎日。ベータ・ゾーンのあのキチガイじみた血生臭い日々が懐かしい。さし て楽しい生活でもなかったけれど、全く刺激のない今の生活から比べれば、天 国と地獄だ。どちらを天国と思い、どちらを地獄と思うのか、・・・それは判 断の分かれるところではあるけれど。 空には赤っぽい月が登っている。こんな夜には、必ず落ち着きをなくして暴 れたがるやつがいた。そんなやつをからかいながら、そいつの存在を言い訳の ようにして街に繰り出して、目に付いた人間を片っ端から殺していったものだ。 ごく普通の民間人では面白くないから、同じように、血に飢えた獣のような男 たちを見つけては血祭りにあげて・・・今でも、ベータ・ゾーンではあいつら は自由に暴れまわっているのだろうか。 「・・・？」 友紀は立ちあがって下を見下ろした。わずかに子供の気配がしたのだ。 「あいつら・・・中村だっけ」 確か、去年も学校に泊まって、夜中に学校中を探検したと触れまわって教師 に大目玉を食ったバカ。友紀が体育館を抜け出してきた時には、ぐうすか寝息 を立てていたと思ったのだが・・・？ 友紀はそっと階段を降りた。 相手は、中庭の植え込みの影に身を潜めていた。こっそりと気配を消してい るつもりなのだろうが、友紀にはバクチクを鳴らしながら歩いているようにも 感じるほどだ。 「おい」 「・・・」 「中村、何やってんだよ？」 呼びかけると、しぶしぶ、といった感じで二人の少年が姿をあらわした。一 人は中村というクラスメートで、もう一人は友紀の知らない少年だった。どう やら中村とは幼なじみらしい。 「これから、校舎の中を探検しようと思ってさ」 「探検？・・・確か去年もそんなこと言ってたんじゃなかったのか」 「でも、音楽室のベートーベンの目が光るのも見れなかったし、図工室の彫刻 が動くのも見れなかったし」 「なんだよお前、そんなの信じてんの？」 「絶対あるよ！だって、ずっと昔から言い伝えになってるんだぞ」 「うその言い伝えだってあるだろ」 「そんなのないさ、ほんとにあるから言い伝えになるんだ」 だめだこりゃ。こいつ、「うわさ」なるものが一体どういうシステムで伝わっ ていくのか、全く知らないんだな。「それ」が見られるまで、何度でも「探検」 をするつもりなのだろう。 「お前も来いよ」 「イヤだよ、面倒くせー」 「怖いのかよ」 『冥王』をつかまえて暗闇が怖いのだろう、とは笑わせる。だが友紀はもし ここで誘いを断ったら、と思いなおした。 別に、怖がりだとかいつもは強がりを言っているのだとか、好き勝手に言わ れることに関しては特になんとも思っていない。実際、友紀が恐怖心を持って いるとしたら、それを知られるのは困ったことだと思う。相手に弱みを握られ ることは即、死を意味するからだ。・・・ベータ・ゾーンにおいては。この子 供たちが、友紀を殺しにかかるはずはないし、そんなことくらい百も承知だが 習慣というものは恐ろしいもので、どうしても生死をかけた駆け引きとしか捉 えられないのだ。 怖くないものを、怖がっていると誤解されたところで別にどうということは ない。だが、ここで誘いを断って体育館へ戻ろうとすると、中村は必ず口止め をすることだろう。絶対教師にしゃべるなと、絶対に不在を口にするなとしつ こいくらいに念押しをしてくるだろう。それらを全てクリアして戻るのに、一 体どのくらい時間がかかるだろう？ 「・・・しよーがねえなあ・・・」 「学校探検」より更に面倒なことになると踏んだ友紀は、ため息をついて肩 をすくめた。 「一緒に行くよ」 「怖いんなら残ったっていいんだぜ」 仲間が増えて、明らかにほっとした顔で中村少年が強がって見せる。 「行くより断る方が面倒くせーからな。さ、行こうぜ」 |