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ぼんやりと頬杖をついて飛行機を眺めていると、後ろから圧力をかけられているのを感じた。 「・・・重い」 「カオルは嘘つきだな」 日本語で「嘘つき」と言われるよりも英語で「ライアー」と言われる方がムカつくのはアレだな、関西人が「バカじゃないの」と言われると激怒するのと似たような感覚なのかな。欧米人は「ウソツキ」と謗られるのを重大な問題だと認識しているとかいう話を聞いたことがあるような気がするせいかな。 私は馴れ馴れしい男の腕を叩き落とした。本当は背中から覆い被さるようにもたれ掛かっている体全体を跳ね返したかったのだが、こいつを引き剥がすのは非常な労力が要る。体格が違うのだから仕方がない。 「何で私が嘘つきなんだ」 「来なくて良いっていつも言っていたじゃないか」 「嘘じゃないよ」 「だったら、なぜ空のエアログラムを寄越した？」 「・・・あれは」 「最近全く電子メールも手紙もくれなかったのに、突然手紙をくれたと思ったら、何にも書いてなかった。もちろん何も同封されてない」 器用に肩をすくめてみせる気障なヤツ。まあ、エドワードはアメリカ人だから別に「気障」な仕草をしたくてやったんじゃないだろうけど。でも、ガラスに微かに映ったアングロサクソンの嬉しそうな笑顔を見るとやっぱり「気障野郎」と言いたくなるのは、私がこの世で一番「気障」なことを嫌う大阪人だからだろうか。 「会いに来い、バカ野郎！！って怒鳴られた気がして」 だから、急いで休暇をもぎ取って来たのだと、エドワードは言った。 「・・・お前、今までエアログラムを出したことないのか」 「あるよ」 「アレは中に何かを同封することは許されてないんだ」 国内用の郵便書簡であれば、写真や便せんを同封しても構わないが、国際用の航空書簡（エアログラム）には何も同封できない。国内用のはともかく、国際郵便は万国郵便条約によってルールが決められているから、それこそ万国共通のはずだ。エドワードは尚更嬉しそうに笑った。 「じゃあ、どうして白紙のまま投函した？」 「・・・」 「カオルの国は面白いな。自分に不利になることが判っているのに、言わずには居られないことを、何ていうんだったっけ？」 「・・・ボケとツッコミ。自爆体質」 「その習慣がないと、カオルの気持ちがわからないところだったよ？」 いや、違うんだ。 ボケとツッコミは習慣などではなく、文化だ。いやそうじゃなくて。 あれは単に、「バカ」と書こうか、でも英語圏の人間にこの大阪人の微妙な心持ちなど判ってはもらえまい、さてどうすればいいのか、と思い悩んでいたらつい白紙のまま封をして投函してしまったんだ、なんて。 ・・・本当のことを言ったら尚更バカにされるのがオチだ。 それに。 「カオル、アメリカに行こう」 「・・・そんな気軽に行けるところじゃないだろう」 「君さえその気になってくれたら」 ただの旅行なら、行ける。半日飛行機に乗っていなければならないというのが面倒なところだが、アメリカなんて近いもんだ。でも、エドワードの言う「アメリカに行こう」は旅行に誘っている言葉ではなかった。 「カオル」 「仕事・・・探すの大変だし。日本人だし」 「それは一緒に来てくれれば何の問題もないだろう？」 そうだけど。そうなんだけど。・・・他に何か断る言葉、あったかな・・・。 「カオル。ここで理由を探すのに付き合うのは面倒だから断るよ」 「・・・付き合いの悪いヤツめ」 「とんでもない、僕ほど付き合いの良い男は居ないよ？」 何しろカオルの「理由捜し」に五年も付き合ってきたんだから、といってエドワードは笑った。 「さあ、カオル。行こう」 「・・・ちょっと。行こうって、行こうって、今から？」 「まさか。今日は無理だよ、出国手続きもしてないのに」 「出来たら行くつもりだったのかっ」 「そうだよ」 オフコース、ですか、外国人め。 私は溜息をついた。 「・・・スケジュールは？」 「そうだね、最大で十日。でも、今回はとことんまで君にあわせる」 「じゃあ、役所と相談だな。何日で手続きできるか、エドの神様に祈っておけば」 「カオル！」 喜色満面のエドワードが腕を広げて抱きついて来ようとしたものだから、うっかりいつものように避けてしまった。もうちょっとで誤解した警備員に取り押さえられそうになったのは、まあ、・・・「大阪人だから」じゃ通らないんだろうなあ・・・。 「カオルは大阪人からアメリカ人になるんだから、慣れてくれないと困るよ」なんて言われて、人目もはばからずに抱き締められた時、やっぱり正直に「うっかり白紙の方を投函したんだ」と言うべきだった、と思ったけれど、遅かった。 ・・・まあ、後悔するなら、出会ったこと自体を後悔するべきだとは思うけどね・・・。 数日後。 飛行機の窓から見える小さな島国を見下ろしながら、ぼんやりと、きっと後悔なんかしないんだろうな、と思うと少しだけ、悔しかった。 |