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とらすとの「と」 とんでもないオンナ。 一番最初にルカの耳に入ってきたのは、そんなウワサだった。 「おいルカ、聞いたか、デノン・タウンの連邦捜査官の話！」 「いや、知らない・・・なにかやらかしたの？」 「やらかしたっていうか、なんていうか・・・」 「いったい何があったのさ」 ルカが刑事たちの手元のグラス・メモリーを覗きこむと、そこには麻薬密売組織を一網 打尽にした連邦捜査官の活躍が掲載されていた。 「へえ、『クライム・タウン』で単独潜入捜査が認められるなんて、相当やり手だね、デ ノンの連邦捜査官は」 「違うよ、誰も彼女にゃついていけないから、勢い単独捜査になっちまうのさ」 「彼女？」 ルカは首をひねってもう一度グラス・メモリーを覗きこんだ。大手柄を立てたとは思え ない、仏頂面でカメラを睨みつけているのは、まだうら若く美しい女性だった。 「デノンの連邦捜査官は女性なんだね。知らなかったな」 「知らなかったぁ？お前も呑気だなあ、デノンの連邦捜査官は有名なんだぜ」 そこで、刑事はわざとらしく声をひそめた。 「『とんでもないオンナ』ってな」 とらすとの「ら」 乱暴なヤツ。 マリアが最初にセレナ・シティーの連邦捜査官について耳にしたのは、そんな言葉だっ た。 「乱暴で悪かったな」 「ちげーよ、オメエじゃねえって」 一般市民はいったいどこで彼を刑事かストリートのごろつきか見分けたら良いのか判断 に迷う、そんな顔つきのジェフがにやりと人の悪い笑みを浮かべてマリアに肩をすくめて 見せた。 「まあお前の場合、自他共に乱暴者という認識があるからしかたねーよなあ？」 見かけによらず（！）中央大学を出ているというジェフが笑う。マリアも苦笑して見せ た。 「ちぇ、アタシにわざと聞こえるように言いやがったな」 「ばれたか」 「で、誰なんだよ？その乱暴なヤツって？」 「ん？セレナの連邦捜査官さ」 「・・・そういや、まだ一度もウワサを聞いたことがないな」 ラパス連邦の連邦警察機構は少々変わっていて、優秀であれば優秀であるほど、噂は流 れない。あれこれと取り沙汰されるのは、思ったより成果を上げられないでいる人間と決 まっている。 「確か配属されてもう三年くらいにはなるんじゃないのか？」 「お前と似た時期に配属されてるはずだから、そんなものだろうな」 「全然噂を聞かないってのも珍しい話だがなあ」 「マリアと違って、おとなしそーなヤツなんだとよ」 「・・・お前、アタシに喧嘩売ってんのかよ？」 「だからよ、『おとなしそーな』って言ってんじゃん」 「違うのか？」 「違ったら噂なんか俺が聞くと思うか？」 ジェフは笑った。 噂になる連邦捜査官には二種類ある。犯人を挙げられない、能無しと罵られるタイプの 人間と、そして、------ 「セレナの西地区って、貧民窟になってるだろう？もともと裏町の狭い路地が入り組んで いる上に崩れた家と流入してきた難民の吹きだまりになってるキーフ市街」 「ああ、事実上、セレナもさじを投げてるらしいな」 「そこでヤクの胴元追っかけて、百五十キロオーバーでカーチェイスした挙句、小型バズーカぶっ放して相手の車を横転させたんだと」 「・・・めちゃくちゃだ」 「死人は胴元の車を転がしてた運転手だけだとよ」 マリアは黙ってジェフの顔を見つめた。相手の顔に、自分を担いで楽しもうとする茶目っ気など微塵もないことを確かめると、やがてつぶやいた。 「・・・乱暴なヤツ」 とらすとの「す」 好きな人。 ルカはマリアの顔をつくづくと眺めたあと、あきれたようにつぶやいた。 「パートナーのこと、こんな風にいちゃいけないのはわかってますけど」 「んじゃ言うなよ」 「マリアさんも好きですねえ」 寒風吹きすさぶ中、震えながら二人が手に握りしめているのはまったりとした緑色のク リームだった。 「なんだか風邪ひきそうなんですけど」 がちがちと歯を鳴らしながらも、ルカも積極的にクリームを舐めている。別段、無理矢 理マリアに付き合わされているというわけでもなさそうである。 「なんだよ、お前だって食いたそうにしてたから」 「何を言うんですか、僕はマリアさんが食べたいって言うから」 そして、二人同時に仲良くくしゃみをした。 「しかし、さっみーよな」 「ここ二、三日で急に寒くなりましたからね」 「・・・寒さに震えながら食うのもまたうまいんだよな」 「・・・おいしさに季節なんて関係ありませんものね」 そして、また二人揃って大きなくしゃみをした。 とらすとの「と」 とっても。 「違います、あれはマリアさんが右へ走れって言ったからです！」 「何だと、てめーはあたしのせいにする気かよ！」 「だってそうじゃないですか！」 マリアは刑事課課長を睨みつけた。正確には、課長の後ろに隠れてマリアの鉄拳を避け ているルカを、である。 「ええい、お前ら、やかましいわい！」 ただでさえあちらこちらからかかってくる電話のベルの音で気が狂いそうな刑事課室で ある。目の前と真後ろで喧嘩などされてはたまったものではない。ルカの首筋をつまんで マリアに押し付けた課長は嘆かわし気にため息をついた。 「まったくお前らときたら、検挙率はどこのコンビよりも高いくせに、 揉め事も人一倍 多いな」 「揉め事なんてくくり方は不本意ですな」 「そうですよ、だってマリアさんてひどいんですよ」 「よく言うよ、お前だってあの時賛成したじゃないか！」 「やめんか！」 の、一言でやめるくらいなら、課長を挟んでの大喧嘩などしでかすはずもないだろう。 「・・・お前らを一言で表すとしたら、『とっても』が一番いいんだろうなあ・・・」 もちろん、マリアはルカを一発ぶちのめしてやろうと真剣になってルカを追いまわして いるし、ルカはルカでマリアの鉄拳など受けては死んでしまう、と叫びながら逃げまわっ ていて、課長の言葉など聞いていはしない。 課長の言う『とっても』とは、『とっても』優秀、『とっても』格好良い、そして、当 然『とっても』問題児、の『とっても』である。人によっては『とっても』乱暴、という 言葉も付け加えたいところだろう。 「まったく・・・」 課長はため息をついて、いまやラパス連邦期待の星にまでなりつつある連邦捜査官の大 げんかを眺めていた。 |