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思い切り勢いをつけて、ドアを叩きつけるように閉める。ついでにドアを蹴り飛ばし、側にいた内勤婦警達を怯えさせてからマリアはルカの肩を叩いた。 「行くか、ルカ」 「どこへですか？」 「飯を食いにいくんだよ。お前、奢ってくれるんだろ」 「あ・・・覚えていたんですね」 「当たり前だ、もう少しでゲロさせられるところだったんだからな」 苦笑してルカが肩をすくめる。車のキーを取り、名札板をマリアの分と一緒に裏返してから、言った。 「結局、機動隊の方へ管轄を移すんですね」 「ああ、ビコール・シンジケート相手じゃ、あたしとお前だけじゃ無理だからな」 救急車八台を使用する大惨事（？）のあと、なんとか嘔吐弾の作用から逃れられた男達を尋問した。自白によると、強奪してきたカードはビコール・シンジケートに集められ、名義と残高の書き替えをしていたことが判明した。刑事課長に報告すると、課長は即座に書類を機動隊へ引き渡すことを命じた。刑事課だけでは解決し得ないと判断したためである。 命令を受けたマリアは黙って引き下がり、退出時にドアを蹴り付けて婦警を怯えさせた、というわけだ。 「でもマリアさん、行かないんですか？」 マリアなら、無理矢理ねじ込めば同行することは出来るだろう。しかし、マリアはルカの言葉を鼻であしらった。 「ふん、お前だって行く気もねえくせに、焚き付けるようなことを言うんじゃねえよ」 「あれ、諦めがいいんですね？」 「ビコールを潰せば、この事件は片がつくんだ。あたし達の仕事は終わったってコトさ、諦めるもなにもないね」 「・・・ね、一つ聞いていいですか？」 「なんだ」 「じゃ、どうして刑事課のドアを蹴飛ばしたりしたんですか？」 「仕事は終わったって言っても、横から取り上げられていい気分はしないからだよ。それだけだ」 「ふうん」 ルカは優しく微笑むと、車の助手席のドアを開けた。 「どうぞ」 「・・・なんだよ」 「え、ほら、一応お食事にお誘いしたんですから」 「・・・」 正直にいって、マリアはどうすればいいのか迷った。今日の今日まで女性扱い、しかもこんなに上品に対されたことなどなかったのである。欲望のはけ口の対象動物としてか、一緒に「メシを食う」同僚としてか、そのどちらかと言い切っても過言ではないくらいだった。こういう時、どう行動すればいいのか・・・何より一般論としてではなく、マリアとしてどう受け答えをすればいいのか、わからなかったのだ。 だから、マリアはルカを小突いた。 「気持ち悪いことをするんじゃねえよ」 「どうしてですか」 「・・・似合いもしねえのによ」 マリアには上品に、女性らしく、受けた心遣いを返すことが出来なかった。そう、こんなふうに優しく、礼儀正しくされることなど、自分に似合うはずもない・・・ 「ひどいなー」 ルカは笑った。 「僕じゃ、釣り合いませんか？」 「え・・・」 「身長で食事にいくわけじゃないんですから。ね？」 「いや、そうじゃなくて、・・・」 「まあとにかく、乗ってくださいよ。でないと、いつまでもご飯、食べられませんよ」 「・・・」 「さ、どうぞ？」 にっこり笑ってもう一度促すルカに、マリアは黙って車に乗り込んだ。 変な奴。あたしを「オンナ」じゃなく、「女性」として扱うなんて。一体何を考えているんだろう？大体目付きと物腰を見てわかるのか、どんな男もお上品に言い寄ってきたことなんてないのに。それ以上に、デノン・タウンに転勤してきてからずっと、一緒に一日の大半を過ごしてきて、そんなお上品な女ではないことくらい、とっくにわかっているくせに・・・どんな女か、いやというほど知っているくせに・・・・・ 「・・・変な奴・・・」 「さ、行きましょうか」 運転席についたルカは微笑むと、キーを回した。 「行くって、どこだよ？まさか、気取った店なんかじゃねえだろうな」 「当然ですよ、自慢じゃありませんけど、僕だって薄給取りなんですからね。高級レストランへご案内、なんて出来ませんよ」 「それならいいけど」 「でも普段の食事よりはもう少しましなものをだすお店に行きましょうね、せっかくのディナーなんですから」 「何がせっかくなんだ」 「だって、ぼく達はまだ一緒に普通の食事をしたことがないでしょう？いつだって、捜査途中に入るファーストフード店だけでしょ」 以前、偉そうに安全運転をしろなどと言っただけあって、ルカの運転は確かに流れにうまく乗った、無理のないものだった。こいつが裏小路を二百キロオーバーで走るときというのは一体どんなときだろう、などと考えながらマリアは言った。 「つまんねえことで無駄な金を使うなよ」 「つまんなくありません、マリアさんと食事にいくのに・・・それに、たまにはちゃんとした食事をしなくちゃダメですよ、あの子供達が可愛いのはわかりますけれどね」 「な、何の話だ」 「ブラックマーケットにいた、あの子供達のことですよ。あのご老人に毎月二千も渡していたんじゃあ、ほとんど貯えはないに等しいでしょう」 「大きなお世話だ！」 「だから、ちゃんとした食事もしなきゃいけません、て言ってるんですよ。あの子達だって、マリアさんが倒れたりしたら悲しみますよ」 「・・・」 「マリアさん、きっといいお母さんになりますね」 「はあ？」 いきなり、何を突拍子もないことを言いだすのだろうかと、呆気に取られた表情でルカをみつめていると、ルカはそんなマリアの様子も気に掛けずに後を続けた。 「根は優しい人ですもんね、きっといいお母さんになれますよ」 「なに考えてるんだよ？あたしが結婚なんて・・・子供なんて作るとでも思ってるのかよ」 「いつかは、結婚するでしょう」 「しねえよ、第一そんな相手がいるもんか」 「ダメですか？」 「あたしがよくても、相手がダメだろ」 「そんなことありませんよ、僕はマリアさんが好きですよ」 「え？・・・」 聞きとがめて振り返ると、ルカは暖かい眼差しを向けていた。 「いつか、マリアさんにとって大事な人と巡り合うときが来ます。ちゃんと回りに目を向けていれば、気が付きますよ」 「・・・そんなものか？」 ルカの左手に視線を落とすと、------ルカはうなずいた。 「ええ。慌てることも、諦めることもありませんよ。人生、何が起こるかわからないものです」 「・・・ジジイみたいなやつだな」 「ちょっと、言っておきますけどね、僕はマリアさんと一つしか違わないんですよ。まだ若いんですからね！」 「そういうことにしておいてやる」 「マリアさんの意地悪！」 変な奴。 だけど、一緒にいても嫌じゃない。 マリアは拗ねるルカの横顔を眺めながら、微笑んでいた。 |