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「ごくろうさん」 レーザーに狙われ、ナパーム弾に追い立てられ、ガード犬に引き裂かれそうになりながらも「連続遺体盗難事件」を片付けた刑事二人に対し、刑事課長はあっさりとそう言っただけで忙しそうに電話を切った。この程度の事件は、ある意味ではデノン・タウンでは日常茶飯事のことだからである。 「あの、マリアさん・・・」 「・・・なんだ」 「僕、何かまずいこと言ったんでしょうか？」 返事をする気分になれなかったマリアは、ルカの問い掛けを無視した。 「課長、ほとんど口をきいてくれませんでした。やっぱり僕、まずいこと言ったんでしょうか」 「ふん、いつものことだよ。気に入らないことがあればあのクソオヤジ、おまえが報告する間もないくらい怒鳴り続けてきやがるさ」 「く、クソオヤジ・・・」 「クソッタレな中年男性」 「・・・同じことだと思うんですけど・・・」 マリアは黙って車に乗り込んだ。あわててルカも車に乗り込む。勤務時間も終わり、報告書を作成するために署に向かう車の中は、静かだった。 「・・・自己愛・・・ね」 マリアが呟く。 「誰かを愛している、理解していると思い込むのは、気持ちのいいものですからね。本当は自己満足にすぎないことも、気付かない・・・いえ、気付きたくないんでしょうね」 「幸せなことだね」 「え？」 「自分を愛せるなんてさ、幸せだよ。あたしは、この世で一番目障りなものは、自分自身だと思うけどね」 「・・・」 「一番肝心なときに、自分の思い通りにはなってくれない。一番自由になるはずなのに、さ」 自分が一番嫌い。他になりたいものもあったのに、他にしたいことも、夢もあったはずなのに。全てが叶わずに消え去っていく。努力しても報われない、その努力さえできない自分。誰からも愛されない、誰も愛さない、必要とされない自分が、大嫌い。 「そんなものが好きになれるなんて、幸せ以外のなにものでもないよ」 マリアはそんな劣等感を抱いて生きてきた。恵まれた環境で育ってきた人間を見て羨ましいと思う、すぐれた能力を持っている誰からも愛される人間を羨む自分が嫌いで、それをバネにして生きてきた。劣等感も生きていくエネルギーになる、と開き直って。 「大丈夫ですよ、マリアさん」 ルカが微笑んだ。 「マリアさんは、死のうと思ったこと、ありますか？」 「そりゃ、全くないわけじゃ・・・」 「いえ、死にたくなったことじゃなくて、死のうと思ったこと、ですよ？」 「・・・それはないかな。死ねば負けると思ったから」 「じゃ、平気ですよ。そんな自分と、とことんまで付き合う気でいるのなら」 「・・・そうかな」 「そうですよ。だって、ご自分ではどう思ってるのか知りませんけど、少なくとも他人から見たマリアさんは強くって、意思の力が強くて、・・・自分たちを暴力から守ってくれる、強くてやさしい警官です。誰かがマリアさんを必要としているんですから」 ちっぽけな自分、他人からは必要とされていない存在・・・しかしそれでも、誰か一人でもいい、自分を必要としてくれているのなら、それでいいのかもしれない。大体、全ての人に必要とされようと思うこと自体が無理のある、そして間違っていることなのだから。 ふと目をやると・・・ルカはとてもやさしい笑顔を浮かべていた。自他共に認める「ひねくれもの」のマリアの心でさえも、暖かく溶かしてしまうような。 だから、マリアは照れ隠しに笑いながら言った。 「・・・お前ってさ、時々とても深い発言するよな。まだ若いのにさ」 「そんなあ、マリアさんだって」 照れて苦笑いしながら手を振ってみせるルカ。 「そう謙遜しなくてもいいだろ」 「いえいえ、だって僕とマリアさん、キャリアは似たものじゃないですか」 「・・・なに？」 マリアは思わずルカの顔を食い入るように見つめた。マリア、現在二十八歳、キャリア、八年。そのマリアと「似たような」キャリアを持つためには、少なくとも六、七年は刑事として働いていなければならないはずだ。このハイスクールを出たばかりのようなお子さまのルカがマリアと同じキャリアを持てるはずがない。六、七年のキャリアを持つためには、ルカは・・・？ 「お、おい、ルカ・・・」 「はい？」 「お前、いくつだ？一体いま、何歳なんだ！」 「あ、僕ですか？二十九歳です」 「二十九歳？！」 年上？！二十歳を二、三超えているといわれただけでも十分、驚天動地の事実とも言えるくらいなのに、一つ年上だったなんて！この、高校生としか思えない童顔の、坊や坊やしたやつが、年上！ 「おい、十九歳の間違いじゃないだろうな！十歳もサバよみやがると、許さんぞ！」 「本当ですって、二十九歳ですよ。ほら、身分証」 目の前に差し出してみせたルカのポリスＩＤには、確かに二十九歳と打ち出されていた。それどころか、出身ポリス・スクールは、ラパス連邦副首都のセレナ・シティーになっている。犯罪都市デノン・タウンとしのぎを削るほどの治安の悪さで有名な街で、ルカは刑事として働いてきたというのだろうか？ 「お前、ずっとセレナで・・・？」 「ええ、あの街には連邦捜査官は僕一人しかいなかったんで、ずっとセレナから出ることができなかったんですよ」 「連邦捜査官？お前が・・・？」 よほどの腕利き、それも暗黒街に蠢く首領たちとも対等に渡り合うことができるような人間だけが連邦捜査官に任命される・・・目の前にいるこの童顔の男に、それだけの力があるというのか・・・！ 「僕、デノン・タウンの連邦捜査官と組めるって聞いて、ずっと楽しみにしてたんですけど・・・やっぱりマリアさんって、頼りになりますよねー」 「頼りになるって、お前、あたしより年上・・・」 「でも、僕デノン・タウンは初めてですもん。やっぱり恐くって」 「セレナ・シティーだって、相当だって聞いたぞ！」 「え、そうですか？」 え、そうですか、ときたもんだ。犯罪の多さではデノン・タウンと肩を並べるセレナ・シティーで連邦捜査官として勤務していた奴が、・・・。しかし、それならテロリストに人質に取られたときの冷静さや、あの女性に対する厳しい意見も、わからないではない。 それにしても、こいつが年上？自分より年下だとわかっているマリアに「さん」づけで呼び掛け、自分は呼び捨てにされていても平気な顔でにこにこ笑っている、こいつが？ 「僕、二十一歳の時にセレナに配属されたんですよ。だから、マリアさんとキャリアは同じなんです」 「・・・そーかい・・・」 「これからもよろしくお願いしますね、マリアさん」 「お子さま連れ」が、あっという間に「人生の先輩」連れかよ。それも、年下の女に呼び捨てにされ、お前呼ばわりされても自分は敬語表現を使う、妙ちきりんな童顔青年が。 少なくとも自分と変わらないほどのキャリアを持っている男をパートナーとしてあてがわれて、喜んでいいのやら・・・マリアは複雑な思いで警察庁本部への道を辿っていた。 |