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代行執務官さまをあまりお待たせするわけにも行かない。私は急いで着替えて、それから、お化粧を直した。 「春菜、珍しく早いじゃない」 「うん、『判事』さまが早く帰りなさいって言ってくださって」 「・・・デート？」 「げほっ」 あ、あぶな・・・那美の飲んでいたお茶を一口もらった途端にそんなことを言われて、もう少しで吐き出してしまうところだった。 「ち、違うわよっ」 「慌ててる〜あやし〜いっ」 「違うのっ！『判事』さまが代行執務官さまに、送ってあげなさいって言いつけられたから、だから・・・」 「わかってるわかってる」 ぽんぽん、と私の肩を叩いて頷いている那美。もうっ、全然わかってないじゃないっ、その目はっ！ 「だからーっ」 「ほらほら、早くしないと若葉さんを待たせちゃうわよ〜」 「・・・覚えてなさいよっ」 もうっ、那美ってばっ・・・今度那美が信乃さんと会ってたら絶対からかってやるっ！知ってるのよっ、那美が巡察官とこっそり付き合ってるのを！！怒りに燃えながら、でももう一度お化粧をチェックするあたり、あんまり強く言い返せないのかも・・・。 「すみません、お待たせしました」 待ち合わせていた食堂前に行くと、代行執務官さまがにっこり微笑まれた。 「帰ろうか」 「はい・・・すみません、わざわざ」 「良いんだよ、僕も早く帰れるし」 「でも・・・」 私たちは早く帰ることが出来ても、『判事』さまは今日もまた執務室に泊り込まれるに違いない。みんなで早く帰ろうって、思っていたのに・・・私はただの『法廷』事務官だけれど、それでも、治安『法廷』の一員だと思っているから。だから、・・・・・ 代行執務官さまは、俯く私の肩を叩いてくすりと微笑まれた。 え？ 「今日は大丈夫」 ほら、と代行執務官さまが指差した先には、色つき雀・・・『冥王』孔雀が居た。 いつもいつも勝手なときに治安『法廷』に入り込んで、『判事』さまや代行執務官さまのお仕事の邪魔をして、一般経費（砂糖）を山のように浪費する貧乏神。つまみ出すのに大変なんだから！ ・・・本当は、孔雀が本気になれば、私なんて一秒とかからずに、八つ裂きにされてしまうのだけれど、・・・『ガーディアン』に対してそんな恐れを抱いていたら、治安『法廷』の事務官は務まらない。だから、・・・本当は、泣きたくなるほど怖いのを飲み込んで、怒鳴りつける。そうしたら、孔雀は、『ガーディアン』として、『法廷』事務官の私に接してくれる。バカでケチで貧乏神でどうしようもない子供のような孔雀だけれど、それだけの分別はあるから。 それに。 「さっさとしろ！俺は忙しいんだ！」 「僕だって忙しいんだってば！」 『判事』さまの手を掴んで、ぐいぐい引っ張る孔雀。『判事』さまは一生懸命抵抗しているけれど、馬鹿力の孔雀にかかればそんなものは無いに等しくなる。 「今日は一日仕事が出来なかったんだから、これから仕事しなくちゃならないんだってば！」 「そんなこと俺の知ったことか！いいからちゃんと飯を喰え！俺がお前の金でお前に奢ってやるんだ、つべこべ文句言うな！」 「・・・何度聞いてもわけがわからないよね、アレ」 ぽつりと代行執務官さまが呟かれた。アレのおかげで、『判事』さまは「奢る」「ご馳走する」という言葉の遣い方がおかしくなってしまわれた。全てが完璧なはずの『判事』さまの唯一の欠点（弱点？）がこの孔雀なのだから、何だかちょっとお気の毒。 「え、えーっと、つまり、僕がお金を払うのかな？」 「さっきから言ってるだろ、俺がお前の金でお前に奢ってやるんだ！」 「だ、だから、えっと？」 混乱してしまった『判事』さまはあっさりと『法廷』食堂の中へ連れ込まれてしまった。代行執務官さまと私は顔を見合わせて、くすりと笑った。 どうせこの後は孔雀に振り回されて、お仕事なんて出来るわけがない。今日の仕事が明日になれば消えてなくなるわけではないけれど、一日くらい、ちゃんとお食事をして、おうちでゆっくり休んでいただきたいと思う。孔雀がそばにいてゆっくりできるはずなんてない、と普通は思うのだけれど、・・・孔雀は『判事』さまには何故だか少し、優しいから。きっと『判事』さまが本当にお疲れになってしまわれるようなことはしない。 「・・・明日はちょっと忙しくなってしまうかもしれないけど」 「『判事』さまが少しでもお元気になられるなら、構いません」 私がそういうと、代行執務官さまは嬉しそうに微笑んで、頷かれた。 外に出ると、日はとっくに沈んでいたけれど、退庁していく人たちがたくさん歩いていて、まだまだ早い時間なのだとわかる。久しぶりの早い退庁に、何だか心が軽くなった。お隣には、代行執務官さまがいらっしゃるし。 「まだ時間も早いし、どこかで食事でもしていこうか？」 「えっ、でも・・・良いんですか？」 「いつも頑張ってくれているから」 いいのかしら、いいのかしらっ・・・！ 今日はなんて良い日なんだろう？ 「ありがとうございます」 代行執務官さまと一緒に帰れるだけでも嬉しいのに、お食事まで。 明日も頑張ろう！って我ながら現金なものだと思うけれど、色々とあるのよ、シャカイジンってものは。 ・・・今日の孔雀は良い『判事』さまのお仕事の邪魔をしたけれど、もし明日、お昼にきてお仕事の邪魔をしたら、ぶっ飛ばさなくっちゃ。 私は代行執務官さまと楽しいお食事をしながら、そんなことをちらっと考えていた。 |