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赤い月が夜空に上がります。赤く、血を吐いたような月が、空から街を見下 ろしています。・・・・・ 「待ってよ、羅謝」 月が赤く染まる夜だけ、僕たちは街を歩きます。それはいつの頃からか、羅 謝が言い出した僕たちの決まり事。月が赤い夜は、誰も子供の姿をした僕たち を気にしません。ずっと前から、ずっと昔からそこにいたかのように、僕たち を素通りしていくのです。 「早くしないと置いていくよー」 羅謝はとても足が速いので、僕は時々本当に置いて行かれそうになります。 羅謝には、僕がどこにいるかわかるから、迷子になってしまうことはないのだ けれども。 「ねえ華南」 振り返った羅謝は僕の手を取って、笑いました。 「見て、月がまだあんな低いところにいるよ」 「・・・本当だ」 「今日はたくさん時間があるよ」 羅謝はとても嬉しそうに笑いました。僕は、羅謝の笑った顔を見るのがとて も好きなのだけれど・・・でも、今日は、今日だけは、なんだか胸が痛みまし た。 「たくさん人がいるね」 「そうだね。みんな、家へ帰らないのかなあ」 「まだ帰りたくないんじゃない？外で遊んでるんだもの」 街には人がたくさん、たくさん歩いていました。笑いながらお店の中に入っ ていったり、大きな声で喋ったり、お酒を飲むお店の前でうろうろしていたり。 道の端っこでは、若いお兄さんやお姉さんたちが歌を歌ったり、踊ったりして います。羅謝は、なんだか冷たい目でそんな人たちを見ていました。 「でも、みんな暇なんだね。何にもする事ないから遊んでるんだ」 「・・・そんなことないんじゃないかなあ。お仕事終わって、ほっとしてるん じゃないのかな」 「他にしたいことがあったら、ほっとしてる暇なんてないと思うよ」 楽しそうに踊ってるお兄さん。歌ってるお兄さんの前に座って、じっと歌を きいてるお姉さん。酔っぱらって、大きな声で笑ってるおじさんたち。みんな 楽しそうに笑ってる。 「華南、知ってる？こういうのを時間の浪費、って言うんだよ」 「浪費って・・・無駄かどうか、わかんないじゃない。みんな楽しそうだよ。 僕たちだって、遊んでる時は楽しいよ」 「他にすることないじゃん」 僕は何にも言えませんでした。 そう、僕たちがいつも遊んでいるのは、他に何もすることがないから。二人っ きりで、誰もいない世界で、ずっと暮らしている僕たちには、遊ぶ事の他には 何にもないから。 「・・・華南？」 「羅謝には、僕と遊んでることも無駄なことなの？」 立ち止まってしまった僕の顔をのぞき込むように、羅謝が近づいてきました。 「羅謝は、仕方ないから僕と居るんだ？」 「華南・・・」 「他にすることがあったら、僕とは一緒に居てくれないの？」 泣き出しそうな羅謝の顔を見て、僕は羅謝に酷いことを言ってしまったのに 気づいたのだけれど、もう、言ってしまったことは消えてくれません。 「・・・どうして僕が、赤い月の夜にこうやって降りてくると思ってたの？」 本当に泣きそうな、小さな羅謝の声。 「華南が僕を嫌いになるかもしれないのに、・・・」 「ごめんね、羅謝。泣かないで」 そう。 羅謝は僕と一緒にいるためだけに、生きているのに。それは、僕が望んだ、 わがまでしかなかったのに。 「絶対に、僕は羅謝を嫌いになんかならないから・・・ごめんね、羅謝」 僕が羅謝の涙を拭こうとすると、羅謝は首を振って、そして笑って見せまし た。 「ううん、僕も、ごめんね」 ただ居るためには、「時間を浪費する」しかないのです。僕と羅謝は、時間 を消費するためではなく、居るためだけに時間を浪費しているのです。たとえ、 それがどれだけ誰かを傷つけることなのだとしても。本当は、そんなことは羅 謝も、そして僕も、わかっているのに・・・。 「あ・・・」 不意に羅謝が顔を上げました。大きな目が、蒼く光っていました。 「華南、行こう。見つかったよ」 「・・・うん」 楽しそうな人たち。 楽しそうな顔をしている、本当は何もすることがない人たち。 そして、何もすることがなくて遊んでいるしかないだけの時間を作り出すた めに、誰かを犠牲にしている僕たち。 みんな、同じなのかもしれません。 いいえ、きっと、僕たちの方がずっとずっと、罪深い存在なのでしょう。そ れでも、僕たちは・・・僕は、ただ居るためだけに、全てを浪費し続けるので す。 「・・・死んだら、どうなっちゃうのかな？」 僕と、羅謝の足下には、つぶれて平べったくなってしまった女の人が、アス ファルトの上に広がっていました。 「死んだら、終わりじゃないの？」 羅謝はあっさりと言いました。羅謝が女の人の体の上に手をかざすと、青白 い光が浮かんできました。丸い、蒼い光は羅謝の手の中にゆっくりと吸い込ま れて、そして消えました。 「普通に死んだらともかくさ。自殺しちゃったら、終わりじゃない」 「それは、そうなんだけど・・・」 「自殺しちゃったら、どっちにしたって消えちゃうんだよ。それを僕たちがも らっても、全然構わないじゃない？」 僕たちは、赤い月の、満月の夜に自殺した人の魂で生き続けているのです。 ・・・いいえ、本当にそれが必要なのは、羅謝だけです。そして、羅謝は僕の ために、自殺した人の魂を集めているのです。羅謝自身にはもう、生きている 理由はないのに、僕が羅謝にいて欲しいと望んだから、ただそれだけのために ・・・。 「ただ消えるのか僕が使っちゃうのか、それだけの違いじゃない？殺される人 に、絞め殺されるのと刺し殺されるのとどっちが良い？って聞いてるのと同じ だよ、それ」 魂を浪費したらもったいないじゃない？そういって、羅謝は笑います。 本当は、羅謝だってそんなこと、したくないのだと思います。 ・・・でも。 「・・・ああ、月がもうあんなに高く上ってる」 羅謝が空を見上げて言いました。 「今日はいっぱい集めたから、もう帰ろうか？華南」 「うん・・・」 「次の次の赤い満月まで降りてこなくても良さそうだしね」 僕が気にしていると思ったのでしょう。羅謝はまるで、僕に言い訳をするよ うに言って、そしてまた月を見上げました。 「ほんとは、夜って面白いのにね。どうしてみんな、ちゃんと夜を見ないのか な？」 「羅謝が、居ないからじゃないかな」 「え？」 「僕には羅謝がいてくれるけど、他の人にはそんな人は居ないもの」 「華南・・・」 僕は羅謝の手を取って、笑って言いました。 「帰ろ、羅謝」 「・・・うん」 今日も、月が夜空に上がります。空から街を見下ろしています。 月は全てを知っているように、笑っています。青ざめた月は、愚かな、全て のものを嘲笑って輝いているのです・・・・・・ |