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学校から帰ってくると、珍しく宗佑の靴が玄関にあった。明日は雨じゃないか、光は肩を竦めて靴を脱いだ。 「お、お帰り。早かったな」 「ただいま」 一瞬、光は躊躇した。宗佑はその表情を見逃さなかったらしい。鋭い視線をさりげなく光に向けた。 「どうした？」 「えー・・・」 「何か困ったことでも持ち上がったのか」 気を回しすぎだ。心配してくれるのは有り難いけれど・・・光は苦笑して、首を振った。 「そんなんじゃないよ」 「どんなんだったら在るんだ？」 宗佑の手許には、小、中学生の間にはびこるイジメ、自殺についての記事が一面に載っている新聞がある。まさか、光がそんなものに悩まされているとは宗佑自身が思ってはいないだろうが、何しろ光は転校生だ。それだけでも目立つというのに、両親から受け継いだ色の白さと少女のように整った顔立ちは、いやが上にも目立ってしまう。そういった理不尽なことに、光が悩まされていないとも限 らない。 「えっと・・・俺、今二年生じゃない？」 「そうだな」 「そろそろお受験に向けて、勉強を頑張りなさいって季節なわけ」 「なんだ、お前は頭いいから、大丈夫だろ？」 「いや、そうじゃなくて・・・」 「なんだよ」 「ご家族の方はどう思われてますか？って」 「・・・俺か」 「そう、父ちゃん」 沈黙が流れた。光は通学カバンから、一枚のプリントを取り出して宗佑に渡した。 「三者面談。父ちゃんの都合のいい日に学校までこいって」 「マジかよ・・・」 宗佑は髪をくしゃりとかきまわした。 いつも仕事で出ていくようなラフなスタイルでは、やはりまずいだろうか。かといって、お堅いビジネス・スーツなどは一着も持っていないし。 「面倒くさけりゃ、忙しいからって言って断っても良いけど。それとなく、来れないかもしれない、って言っておいたし」 「いや、面倒とかじゃないけどさ・・・」 正直言って、面倒だ。どうせ自分が学校に行ったって、偏差値だのなんだのと小難しいことを言われて理解できるとは思えない。わざわざ学校へ行ってそんな話を聞くより、光に任せて置いた方が、余程都合がいいのではないかと思う。 しかし。 「どんなカッコしていきゃいいのかなあ・・・ってさ」 「大丈夫だよ、若い男の先生だから」 「・・・どういう判断基準だよ？」 「アンタに合わせたんだけど。」 「イヤなガキ！・・・お前に任せるから、適当な日を選んでおいてくれ。あとで俺に言ってくれりゃ、都合を合わせる」 「え、行くの？」 「行っちゃおかしいか？あ、まさかお前、センセーに目を付けられてるとかじゃないだろうな！」 「違うよ、俺は学校じゃ大人しくしてるよ。そうじゃなくてさ・・・」 光の目を見た瞬間、宗佑はぞっとした。 もし、面倒だなあ、などと言っていたら。 「・・・学校だけじゃなくて、ウチででも大人しくしてくれてたら、俺は嬉しいけどなあ」 茶化したようにそう言うのが、やっとだった。 「イヤなオヤジ！」 「ふん、お互い様だ」 「ちぇっ。じゃ、俺が勝手に日にち決めちゃうよ」 「ああ、任せる」 面倒くさそうにプリントをカバンに入れて部屋へ戻っていく光の後ろ姿を見送りながら、宗佑は昔の記憶に心を馳せていた。 「・・・強いようでも、まだまだ子供、か」 2001.02.13 改稿 |