|
「あのさ」 「なんだい」 「世間は花見だ行楽だって、こぞって外へ出て行ってるのに、家ん中で寝てるのって、虚しくないか？」 「ないない」 翡翠は蒲団を頭の上まで引っ張り上げながら答えた。 「珍しく休みが取れたんだから、こんな日は一日寝てなくちゃ」 「でもさー、すっげー良い天気だぜ」 「どうせ夕方から曇ってくるよ」 「雲一つない晴天ってのは、こういう空のことを言うんだなあって感じの、すっげー気持 ちいい空なんだけど」 「空くらい治安『法廷』の窓からでも見えるよ」 「でもお前、空なんか見ねーじゃん」 孔雀は蒲団を引っ張って翡翠を起こそうとした。 「この間だって、大雨降ってるのに『今日はいい天気だね』なんて間抜けなこと言ったじゃ ん」 「いいんだよ、僕はどうせマヌケなんだから」 「・・・」 普段なら、マヌケ扱いしたらものすごく怒るくせに。蒲団＝寝ることに執着している今 は、例えどんなことを言ったとしても、怒らずに「ああそうだよ」と肯定することだろう。 コイツ、いい年してもう消耗してやがる。精神年齢四十歳、肉体年齢十九歳の孔雀は、 溜息をついてベッドサイドに腰掛けた。 「外へ行くなら一人で行っておいで」 引き剥がされた蒲団を手探りで戻しながら、翡翠は枕にしがみついた。 「僕は寝てるから」 「・・・じゃあさ。何かこの家から持っていっても良い？」 「うん、何でも好きなモノを持っていっていいから」 だから、眠らせて。寝息に溶けていった翡翠の言葉を聴くと、孔雀は満足そうに頷いた。 「じゃ、何か喰うモン持っていこっと」 家中を探し回って、結局今まで自分が持ち込んだ食料品を引っぱり出すことになって、今一つ納得のいかない表情ながらも、それらのをものをリュックに詰め込んだ。 「さて、後は・・・」 鳥の鳴き声が、聞こえる。今まで聴いたことのない鳥の囀り。 ほんのり香る、土の香り、緑の匂い。 うっすらと目を開けると、頭の上、肩、腕、至る所に色鮮やかな鳥たちを留まらせてい る孔雀の姿が映った。まるで鳥の言葉がわかるように鳴き声に耳を傾け、話しかけ、微笑んでいる。とても『冥王』と呼ばれ、恐れられている人間とは思えないほど穏やかで、優しい表情。神々しさすら感じるほどの、暖かい笑みで・・・・・ 「・・・？！」 はっと翡翠は飛び起きた。 ここは一体どこなんだ？！ 「あ、目ぇ覚めた？」 孔雀と付き合うようになってから、とんでもない所へ連れて行かれることにはもうすっかり慣れてしまった。日時を選ばなければ、逆に連れていってもらって良かった、と思えるような素晴らしい場所が殆どだった。 月が落ちて来そうなほど大きく美しく見える草原、桜の咲き乱れる山の奥、・・・誰も知らない、孔雀だけの秘密の場所。 だが、意識のないうちに連れてこられたのは初めてかも知れない。 「こ・・・ここ、どこ・・・？」 「お前の知らないところ。言ってもわかんねーよ」 「・・・そうだろうね・・・」 もしかしたら、アルト・オサカシティーのどこかなのかもしれない。緑に溢れた大自然は、もうノイエ・オサカシティーではお目にかかれない光景だ。今現在、アルト・オサカシティーに自力で入っていけるのは、もう孔雀だけなのかも知れない。 「翡翠、空見てみ」 「え？」 「空だよ、空」 「・・・わ・・・ぁ」 紺碧の空。 雲一つない、素晴らしい青空。空は、本当はこんな色をしているのかも知れない。埃にまみれたノイエ・オサカシティーをはじめとする都市圏では、もう本物の空は見られないのかもしれない。 「きれーだろ？」 「・・・うん」 「ま、気の済むまで寝ながら空を眺めてろ」 色鮮やかな鳥達は、孔雀の側から離れようとしない。まるで孔雀を護るように・・・いや、彼らが孔雀に護ってもらうために、側を離れようとはしないのかもしれない。 ふと下を見ると、いつも自分が使っている枕が置いてあった。 「・・・君、枕まで持ってきたの？」 「だってお前が放さなかったから」 「・・・」 「もう寝ないのか？」 「いや・・・寝るよ」 寝転がり、空を見上げる。抜けるような紺碧の空がどこまでも広がっている。 「・・・ねえ、孔雀」 「なんだ」 「ありがとう」 孔雀はそれには答えなかったが、だまって、翡翠の髪を一度だけくしゃりと撫でた。 |