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「春は花見だ。だからお前も来い」 「・・・あの、僕は君ほどヒマじゃないんだけど」 『法廷』にいきなりおしかけてきた孔雀が、翡翠の法服を掴んで、放そうとしない。もういい加減帰りたい気分になっている翡翠には孔雀の手を振りほどいてまで仕事をし続けたいという情熱が欠けていた。はじめから、勝負は決まっているようなものだ。 「酒は持ってきた。安心しろ、お前も飲めるようなお茶もある」 「・・・ありがとうって言っていいのかなあ、この場合」 「別にいいじゃん。俺が飲めないお前を気遣う。良いことだろ？」 「まあ、そうなんだけど・・・」 「礼くらい言ったって別に減らないだろ」 「そりゃまあそうだ」 「お茶もちゃんと持ってきた」 「あ、気が利くなあ。ありがとう」 翡翠は職務上、指名手配犯を精神的に追いつめたり、窮地に追い込んだりすることが多いし、それらの行為がとても巧みになりつつあるが、もともとは素直な性格なのである。育ちが良いというべきだろうか。 だから、やはり最初からこの勝負、勝ち目はなかったのである。 「よし、じゃあ行くぞ！」 「ちょ、ちょっと待った・・・！」 「るさい、お前は俺に礼を言った。だからこれらのジュース類を飲まねばならんのだ！」 「初めからそのつもりだったなぁ〜！」 ムリヤリに連れてこられたのは、どことも知れぬ淋しい山林の中だった。 「・・・確か去年の秋にも、月見だとか言って無理矢理連れ出された気がするんだけど」 「気にするな。秋は月見、春は花見と相場が決まっておる」 「僕は仕事中だったんだぞ！」 「その割には何か帰りたそうだったけど」 「・・・うるさい！とにかく僕は、『法廷』へ帰る・・・」 翡翠の声がぴたりと止まった。 「・・・これは・・・」 明るい月に照らされて、満開の桜が咲いている。まだ肌寒いのに、これは一体どうしたことだろう？まるで魔法にでもかかったとしか思えない程の美しい、艶やかな桜。 「な？来て良かったろ？」 「どうして・・・」 「こんなに咲いてるのかって？」 孔雀はいったん何か言いかけたのを、ふと口をつぐむと、笑った。 「桜の下には、死体が埋まってるんだって。知ってたか？」 「・・・有名な話だ」 「この山には、きっと何万人もの死体が埋まってるんだよ。だから、毎年どこよりも早く花を咲かせて、早く散る。この世に戻ってくるために」 ごう、と木々の間を吹き抜ける風。 「・・・それでも・・・」 「ん？」 「不思議なものだね・・・それでも、こんなに綺麗だ」 「ああ・・・」 桜の下には、きっと、本当に死体が埋まっているのでしょう。 気が付くと、いつの間にか官舎の自分の部屋で眠っていた。孔雀はいつ帰ったのだろう？いつ、この部屋に戻ったのだろう？そういえば、あの時、桜を見上げてからの記憶がない。 翡翠を誘いに来たのは・・・翡翠を『法廷』から連れ出したのは、翡翠の手を引いてあの山の中へ入って行ったのは、本当に・・・・ 本当に、孔雀だったのだろうか？ 「なあ、花見に行こう」 くすくす笑う、孔雀の声が聞こえた気が、した。 |