|
「つまんないオンナ」 本当につまらなそうな、孔雀の声が聞こえた。 「え？」 「なんでもねえよ」 じいっと手許のグラスを覗き込んでいる。琥珀色の液体は、ウイスキー。やっと 名実共に「おとな」の仲間入りを果たした夜に、何故か孔雀は僕の所へやってきた。 親しい友達はたくさんいるはずなのに、何故いつもいつも「お前は大嫌いだ」と耳 にタコができるほど聴かされている『判事』の僕の所へ来たのだろう？何か、あっ たのだろうか？それも、アルファ・ゾーンの友達には言えないような、そんな問題 が？ 「誰がつまらないんだい？」 「・・・」 水でも飲むように、コップ半分のウイスキーを全部空けてしまう。僕のグラスの 中味は烏竜茶だけれど。 「恋人にフられたの？」 違うだろうとは思ったけれど、カマをかけてみた。恐ろしい目でじろりと僕を睨 む。こういうときには、やはり孔雀は『ガーディアン』なのだと思う。血で血を洗 う毎日が日常となっている殺人鬼の目。 孔雀は黙って瓶ごと持ってこさせたウイスキーのボトルを掴んだ。そして、僕の 手首を痛いほど握りしめて、グラスの中にウイスキーを無理矢理そそぎ込んだ。 「うわっ、なんてことをするんだ！」 「うるせえ」 「飲めなくなったじゃないか！」 「酒くらい飲めるようになれ、いつまでもお子様みたいなこといいやがって」 「全く・・・あ、すみません、烏竜茶一つ」 ぶつぶつ言う孔雀に烏竜茶のウイスキー割りを押しつけると、黙って飲み干した。 「オンナなんか、どうでも良いんだよ、俺は」 「その割には、何か文句がありそうだけどね？」 ちらりと横目で盗み見るように視線を寄こす。そこにはもう先程のような殺気は なかった。 「・・・なんかさ」 「うん」 「生きてちゃいけないような気分になるんだよ。お袋を見てると」 「何故？」 「・・・」 「母上がつまらないオンナだから、かい？」 わかっていたけれど、わざと同じ言葉を返してみる。嫌がらせにうんざりしたの か、それでやっと口を開く気になったのか、孔雀は溜息を付いて言った。 「お前のお袋はベータ・ゾーンの俺の親が殺したけどさ。 いちいち俺のことを気にしてるんだよ」 「ふうん？」 「寒くなったら風邪をひくなだの、暑くなったらバテてないか、だの・・・いちい ちなんだよ、本当に。うるせえんだ」 「それは君が心配だからだろ？」 「だってさ、俺はあのオンナの子供じゃないんだぜ？」 取り替えっ子。 皮一枚を残して、彼らの本当の子供は平行世界のベータ・ゾーンへさらわれた。 代わりに、孔雀が・・・子供を取り替えた「犯人」の一人息子だった孔雀が、無理 矢理に体を小さく縮められて、胎児だった子供と取り替えられた。 そうして再び生まれてきたのが僕の目の前にいる孔雀、そして宮内友記という名 の少年。 「全くの無関係の、血が繋がってないどころか、同じ世界の人間ですらないんだぜ？」 「・・・まあね」 「それをだぜ？体に気を付けろだの、都会は物騒だの、・・・」 孔雀は言葉を切った。 「・・・二十歳になったお祝いだって？バカじゃないのか？テメエの子供は生まれ て来る前に、とっくに死んじまってるんだぜ」 乾いた声で、つまらなそうに吐き出した。ぐいと酒を呷る。 「いつまでたっても子供のことしかアタマにねえんだよ。他に考えることがねえん だよ。まったく、つまんねえオンナじゃねえか」 「どうして？」 ぴたりと動きが止まる。 そうだね、と言うことも出来たけれど。孔雀に同意して、心の負担をとりあえず は軽くしてやることも出来たけれど。でも、それではつまらない。ラクにしてやる のは、僕の趣味じゃない。 「どうして君の心配をしてはいけないの？」 「だから。俺は・・・」 「彼女の子供じゃない。だけど、君は彼女の子供なんだよ。そうだろ？」 「・・・違う」 「違わない。宮内友記は彼女の一人息子だよ。たった一人のね。母体も危ういかも しれない、と言われながらも、命をかけて君を産み落としたんだよ。胎内で育てな かったかもしれないけれど、でも今まで君を育ててきたんだよ」 「・・・」 「子供のことを考えて、何が悪い？」 微かに、孔雀の手が震えていた。 終わりのない地獄にいる孔雀に、少し酷い言葉だったろうか？一生、永遠に罪の 意識に苛まれ続けなければならない、そう宣告するも同然の言葉。わかっていて、 そう告げた僕は、やはり悪魔だろうか。 「お前の言うとおりだ」 掠れた声で、囁く。 「自分の心をごまかすものじゃないよ、孔雀」 「・・・お前は、この世で一番イヤなヤツだ」 「わかってるじゃないか」 ふらりと立ち上がる。そのまま、帰ろうとした孔雀の腕を引いて、引き留めた。 「待ちなさい。外は雨だよ」 「知ってるよ」 「傘、持ってこなかったんだろう？」 「いらねえよ」 「風邪をひくと、母上が心配されるよ」 ぴくりと怯えたように震えて、ゆっくりと振り返る。 「今日は君の誕生日だろう？ゆっくり飲みなさい、僕が奢ってあげるから」 微笑みかけると、諦めたように溜息を付いて、すとんと腰を下ろした。 「お前の全財産を飲み潰してやるからな」 「かまわないよ」 いじけたように椅子にもたれ掛かり、グラスを抱え込んだ孔雀と目が合う。 「・・・わかってたけどね」 「何が？」 他人から罪を指摘されることが、実は一番心に傷を負わなくても済むのだとい うことに？ 「何でもねえよ」 「独り言が多いねえ、君も。独語検定でも受けてみたら？」 「独り言チャンピオン、ってか？止してくれ、俺はまだそんなジジイじゃねえよ」 「どうだか」 雨はまだまだ、降り続けるつもりらしい。・・・・・ |