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桜が散る。肩より伸びた髪に、降り懸かる。嵐のような風の中で、目の前に立つ相手をじっと見つめていた。 「・・・ごめんなさい」 ほんの少し茶色っぽい髪がふわりと揺れる。どこか潤んだような瞳の少女。哀しそうに、拒絶の意思を伝えた。 「ごめんなさい、宮内くんが嫌いなんじゃなくて・・・」 「わかってる」 少し驚いたように目を上げる。少年はあっさりと首を振った。 「断られると思ってた」 「・・・あの」 「最初からわかってたから、謝らなくていい」 少女の目になにを見て取ったのか、少年はほんの少し慌てたように言葉をついだ。 「誤解しないでくれ、別にからかったとか、そんなんじゃない」 「・・・」 「自分の中の感情を確かめてみたかったというか・・・誰かを好きになるってことが自分にもできるんだって知ってみたかったっていうか・・・いや、相手が誰でもいいっていう意味じゃなくて」 「・・・なんとなく、宮内くんの言いたいこと、わかる」 「・・・俺は頭が悪いから、どう言えばいいのかわからないけど。でも、俺が言ったことで、負担を感じたりはしないで欲しい。本当に、俺はあんたに伝えたかっただけなんだ。忘れてくれていい」 「ごめん・・・」 「いいってば」 ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。俯いたまま立ち去りかけて、少女はもう一度、振り返った。 「あたし・・・去年の秋に戻れたら、・・・」 「・・・」 「・・・さよなら。元気でね」 去年の秋に戻れたら。 その先は、言わなくても知っている。 ウワサで、何となく耳にしていた。彼女が自分に好意（！）を抱いていると。悪友達から、散々けしかけられても、しらん振りを決め込んでいたのは自分なのだから。 クラスで一番の彼女と、学年のしんがりを争っていた友紀と。容姿は地味でぱっとしないけれど、誰にでも親切で優しかった彼女と、校則違反ではないものの、長髪で校内での人気を誇っていた友紀と。清く正しい高校生の見本のような彼女と、自称出来損ないの問題児の友紀と。消極的ながらも、勧められて立候補した女子クラス委員と、どうしても立候補者が出なくて、とうとうくじ引きで決めた男子クラス委員と。凸凹コンビとウワサされ、何かと生真面目な彼女に任せっぱなしになりがちだった友紀。 彼女の目が自分に向けられていることを知る前から、なぜか気になって仕方がなかった。友紀に声をかけてくる、容姿端麗な女子生徒の向こう側に、いつもひっそりと存在していた彼女の姿に、目をとられていた。 しかし、数人の女生徒とその場限りの付き合いをしようという気はあっても、彼女に声をかけようという気はさらさらなかった。 要するに、恐かったのだ。 今は無邪気な悪ガキ、愛嬌で済む悪戯好きな高校生の姿だが、生まれつき、育ったのは平行世界のベータ・ゾーンの凶悪犯罪の巣窟。自ら好んで犯罪に手を染め、数え切れないほどの人間の血を流し、命を奪ってきた殺人鬼が、自分の正体。誰かを、何かを好きになったことはもちろん、ほんのわずかでも気にかけたことなどなかった。そして、これからもないと、自分で信じて疑わなかった三十九年間。 まさか、誰かを好きになるなんて。 それを認めたら、自分が自分でなくなっていく気がした。それを認めて、相手を傷つけることになりはしないかと、怯えていた。 傷つける？誰を？どうやって？ たとえ今が「宮内友紀」の皮をかぶっていても、いずれ、必ず『冥王』孔雀の化けの皮が剥がれる。必ず、この平穏な世界から引き離される時が来る。そのときに、彼女を傷つける・・・いいや、そうではない。彼女を好きになることで、自分が傷つくことを畏れたのだ。弱くなって、人間として悩むことを畏れたに過ぎない。虚勢を張った動物が、火を近づけられて他愛もなく蹴散らされる敗北感を味わうことが恐くて、自分の中に生まれた感情を無視し、蓋をして押し殺していただけ。 冬に、彼女に恋人ができた。何となく、雰囲気でわかった。 無性に哀しかったのと同時に、何故かほっとした。 「秋に戻れたら・・・か」 友紀は------孔雀は空を振り仰いだ。青い空から、淡い桜色の雪が降り注ぐ。 あの頃に戻れたら。そうしたら、彼女も、自分も、幸せになれただろうか。 「友紀ぃ、なにやってんの？」 悪友達がぼんやりと立っている孔雀に気付いて、近寄ってくる。クラスメートばかりでなく、仲の良い女子生徒たちもいる。孔雀は手で顔を覆って、泣く真似をした。 「振られた悲しみに浸ってたの」 「えっ、誰だぁ、そんな度胸のあるやつは！」 「信じらんな〜い、どこの罰当たりよ！」 いきり立つ女子生徒に、孔雀は苦笑して見せた。 「彼氏持ちだし」 「それでも、もったいなぁい」 「いーんだよ、どうせ俺引っ越しするし。それにさぁ、俺って長距離恋愛ってタイプでもないしい？」 「きゃはは、それは言えてるっ！」 「お前、今思いっきり心から笑ったな？！」 「だってえ！」 「ムカつくっ！」 それに・・・そろそろ、この平和な毎日と決別しなければならない日が、すぐそこまで迫っている気がする。 特に、なにがどうというのではない。だが、・・・確実に、何かが迫っている。そんな気配が、極度に研ぎ澄まされた殺人狂の勘と血を、騒がせている。所詮は血に狂った野獣。だが、ほんの一瞬でも、人間として生きることができるのだと、勘違いでも、思わせてくれた。 断られると思った。それでも、伝えたかった。感謝の気持ちと、そして、十八年間の甘い生活への決別。 もう、すぐそこに、・・・・・・ |