た
達者でな。
「なあ、何で達者でな、って言うんだ？」
孔雀はテレビをぺしぺしと叩きながら言った。
「何がだ」
「テレビ。別れるときに、達者でな、って言うじゃん。何で？」
「相手に元気で居て欲しいと願うからさ。君だって言うだろう」
「言わない」
「じゃ言わないんだろうさ」
「だって俺、お前に元気でいて欲しいとか思ったこと無いけど」
「・・・」
翡翠の顔が上がる。右手が挙がる。そして、真っ直ぐドアを指さす。
邪魔をするな、出て行け、ということだ。
「はいはい、わかりましたよ。出ていきゃあいいんでしょ」
口を利くヒマも惜しいのか、黙って顔を伏せる翡翠に、孔雀は軽く
首を傾げたまま、呼びかけた。
「なあ、翡翠？」
「なんだい」
「今度、月見に行こう」
「・・・真冬に？」
「秋でなきゃ見ちゃいけねーっていう法律でもあるか？」
翡翠は呆れたような顔で孔雀を見つめていたが、やがて苦笑した。
「風邪をひかないように、厚手のコートを用意しておくよ」
「うん。じゃーな」
『判事』の部屋から出て行った孔雀を見送るように扉を見つめてい
たが、やがて溜息をついた。
「素直じゃないヤツだな」
だがしかし、それは孔雀に限ったことではない。
「・・・僕も一緒、か」
＜終＞
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ち
ちっ、覚えてろ。
「寒いから月見はやめよーぜ」
「当たり前だよ、僕だってこんな寒い日に外に行きたくないよ」
翡翠は嫌な顔をして窓の外を指さして見せた。葉のすっかり落ちた木々が
寒そうに枝を震わせている。かなり強い風が吹いているようだった。
「だから、代わりに酒飲も」
「いやだ」
「なんでだよ」
「酔うと寝るから」
「俺は寝ないよ」
「僕が寝るんだ」
沈黙が漂う。
孔雀は肩を竦めた。
「仕様がねえな、俺が面倒見てやるから」
「いやだ。どうせ玄関にでも放ったらかして逃げるつもりだろう」
「そんなことしねえよ」
「この間、僕を捨てて帰ったじゃないか。もうちょっとで肺炎になるところ
だったんだぞ」
「真夏に肺炎なんかになるか！」
「真冬だったら、の話だ」
「・・・わかったよ、誓約書でも何でも書くから」
うんざりしたように溜息をつくと、翡翠はこっくりと頷いた。
「じゃ、いいよ。グラスは？」
「貸せ」
「コーヒーカップしかない」
「・・・ワインをコーヒーカップで飲むのか、淋しいなあ」
「ワインなんか買ってきたの？」
「安くてうまいのがあるんだ」
「君にぴったりだね」
「ほっといてくれ」
器用にコルクを抜き、嘆かわしそうな目でカップを見た後、ワインを注ぐ。
芳香が翡翠の鼻にも届いた。
「良い香りだね」
「だろ」
まるで自分がそのワインを醸造させたような誇らしげな表情で、頷いてみ
せる。
「・・・美味しいね。飲みやすい」
ワイングラスなら、もっと美味しく頂けたのだが。翡翠は紅い液体を見つ
めながら、尋ねた。
「ねえ、孔雀？」
「なんだ」
「どうしてわざわざ下戸の僕の所へ来たんだい？愛玲の所にでも行けば、二
人で飲めただろうに」
「あいつは安物の酒しか俺に飲ませないから、やだ」
「でも、これも値段は安いんだろう？」
「でもうまいだろ」
「・・・安くてまずいお酒を君に飲ませるわけか」
「それにあいつ、すげえ酒飲みだぜ。半分以上飲まれるしな」
「その点、僕なら少ししか飲めないから丁度良いってことか」
「まーな」
そのかわり、大変なことになるんだけどねえ。翡翠は心の中でひっそりと
呟いた。飲めといったのは孔雀だし、後の始末もきちんとする、と約束した
のだから、まあいいだろう。最初から僕はイヤだと言ったんだから、責任は
孔雀にあるんだから。
言い訳をしながら、翡翠はぼんやりと孔雀を見つめていた。
・・・重い。
孔雀は瀕死の体で翡翠の家のドアを開けた。
ワインをカップに一杯飲んだだけで、翡翠は酔いつぶれて、ぐうぐう眠り
込んでしまった。よっぽどそのまま捨てて帰ろうかと思ったが、誓約書を書
いた手前、逃げるわけにもいかない。この寒い時期に放り出して帰れば翡翠
は間違いなく凍死する。それはやはり、殺人という罪を犯したということに
なるのだろうか。
「こいつ、何でこんなに重いんだっ・・・」
いつかは驚くほど軽かったのに。今もあの時も、意識を失っていたという
点では同じ条件のはず・・・苦労して靴を脱ぎ、部屋へ上がったときに何や
ら滑らかなものを踏んで、ひっくり返りそうになった時に気付いた。
「カーテンか・・・！」
通称暗室のカーテン、真実の名は法服。『判事』としての制服が重いのだ。
まさか、いくら重いとはいってもたかが制服、十キロも二十キロもあるわけ
ではないが今は孔雀もアルコールを摂取している状態だ。通常より力が入ら
なくても仕方がないだろう。
寝室のドアを開ける。自分の家と違って、翡翠は殆どものを置かない主義
らしく、すっきりと、些か淋しいくらいに片づいていることがこんなに有り
難いと思ったことはなかった。足の踏み場もないほど散らかっていたら、孔
雀はベッドへたどり着く前にひっくり返り、玉砕していただろう。背負った
翡翠がだんだん重くなっていくような気さえする程、疲労は極限にまで達し
ていた。
あと二メートル。
あと一メートル。
「・・・ゴール・・・！」
ばったりとベッドへ倒れ伏した孔雀には、もう一センチも動く気力も残っ
てはいなかった。
「・・・この人でなし、ホントに寝やがって・・・！」
だが、最初から翡翠は「酔うと寝る」と言っていた。結局は、それを押し
切ってワインを飲ませた自分に責任があるのか。
「ちっ、覚えてやがれ！」
もはや口先で罵る気力さえ失った孔雀は、そのまま手探りで布団を引き寄
せて、頭からひっかぶった。背負ったままの翡翠すらどうでもよくなり、そ
のまま寝てしまう道を選んだ。
「ちくしょー、もうお前とは飲まねーぞ・・・」
それっきり、静まり返った寝室には、行き倒れた孔雀と翡翠の寝息の音以
外には、何の音もしなかった。
＜終＞
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つ
罪のないものにも、苦難は平等に降り注ぐ。
それは平等なのか、作為なのか？
「・・・で？」
「こんなにいい天気の日には、働きたくないって言ってるんだ！」
「それが『罪のないものにも平等に降り注ぐ苦難』だと？」
「だって、誰だって働きたくないじゃん？」
「そりゃそうだけど・・・」
「お前も一緒にいかねー？」
翡翠は眉を寄せて首を傾げた。
「どこへ？」
「いーところ。そうと決まれば膳は急げだ」
「ちょ、ちょっと待って、孔雀、仕事がたくさん溜まって・・・うわー！」
人気の全くない、それどころか獣の気配すらない深い森の奥にひらけた
草原の日溜まりの中で意識を取り戻したとき、翡翠はもう何がどうなろう
と知ったことかという気分になった。
辺りを見回すと、少し離れたところで孔雀が気持ちよさそうに昼寝をし
ている。ぽかぽかと温かい陽気に誘われて、翡翠も眠くなってきた。何し
ろ睡眠不足だけは他の誰にも負けない治安『判事』である。
「仕事・・・」
寝転がったとき、恐らく半分泣きながら仕事を捌いている後輩の若葉の
顔が浮かんできたが、大きな溜息をついて目を閉じてしまった。
「ごめん、若葉・・・罪のないものにも苦難は平等に降り注ぐものなんだ
よ・・・」
誰もいない草原に、孔雀と翡翠の寝息だけが流れていた。
＜終＞
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て
手っ取り早く片付けてしまおうや。
「先輩は酷い人です」
代行執務官の若葉にそう言われた翡翠は返す言葉もなく黙り込んでいた。
「僕だけ置いて孔雀と遊びに行くなんて」
「いや、遊びに行ったわけでは・・・」
「でも、昼寝してたんでしょう」
「・・・まあね」
「僕が仕事にまみれて苦しんでいるであろうことを予見しながらも、昼寝を
していた。これは立派な確信的犯行と言えます」
仕事にまみれるというのは一体どこの言葉だ？内心突っ込みたい衝動に駆
られながらも、余計なことを言って若葉の逆鱗に触れる愚は避けようと、ひ
たすら申し訳なさそうな表情を作っている翡翠の苦労も知らず、孔雀は平然
と口を挟んだ。
「だったらお前も昼寝すりゃいーじゃん」
「いーじゃんじゃない！治安『判事』の仕事がどれだけハードなのか、お前
だって知らないわけじゃないだろう！」
「でもさー」
「でももクソもあるか！」
「今度からお前も連れていってやるから、そう拗ねるなよ」
「お前な・・・！！」
怒りのあまり口もきけないでいる若葉と孔雀の間に立って、翡翠はげんな
りした表情で溜息をついた。
「僕が悪かった、だから早いところ仕事を片付けよう」
「えー、俺も？」
「元はといえば、キサマが『判事』を拉致するからだろうがっ！」
ついにヒステリーを起こした若葉が指さした先には、爆発でも起きたよう
に書類がまき散らされ、ソファーなどの家具がひっくり返っていた。
実際、爆発が起きたのである。遊び相手がいなくて退屈した星夜がタチの
わるい悪戯を若葉に仕掛け、見事に治安『法廷』の書類や装備、計器類を破
損させずに大爆発を起こすという不可思議な薬品を反応させてしまったのだ。
おかげで、治安『判事』の執務室は立入禁止状態に陥っている。
「俺、片付けるのって苦手なんだけどなー」
「文句を言うな！」
「あ、火ぃつけねー？そしたらさ、片付けなくてもいいじゃん。俺って頭良
いよなー！」
「・・・処刑されたくなければ働けぇッ！」
昼寝なんかしなければよかった。
翡翠は確かに苦難は平等に降り注ぐものなのだと言うことを実感しながら、
書類を拾い集めはじめた。
＜終＞
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と
トラブルはもうゴメンだ。
「トラブルはもうゴメンだ」
「仕方ねーよ、お前は『判事』だろ？トラブルシューターじゃんか」
「・・・まあそういう言い方もあるがね」
「大体さ、アルファ・ゾーンでは判事っつーのは双方の言い分を聞いて、それで
どっちの言い分が理に適ってるかを判断する奴のことを言うんだぜ」
「知ってるよ」
「でもベータ・ゾーンじゃあさ、まるで検察官みたいな役割してるじゃないか。
俺とか、いろんな奴をこき使って重犯罪者を狩って。じゃあ一体誰がそれが正し
いかどうかを判断するって言うんだよ？」
「・・・君は触れてはならないところに触れたね」
「・・・え？」
「可哀想に」
「ちょ、ちょっと待てよ、なんでお前、泣いてんの？」
「君とは長い付き合いだったけど・・・」
「おい、翡翠ってば！」
「さようなら」
「ちょっと・・・うぎゃー！」
まだはっきり決めてない所にツッコミを入れてはならない(-_-;)
＜終＞
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