か
必ず、自分の思い通りになるとは限らない。
「俺が死んだって、世界はどうにもなんねーぜ」
孔雀はそういって、笑った。
確かにそうかもしれない。『ガーディアン』一人が死んだ所で、何も世の中は
変わらないのだろう。いや、もしかしたら、殺人鬼一匹（！）がこの世から消え
失せたことを、喜ぶ人の方が多いのかも知れない。孔雀ではなく、「宮内友紀」
の死を悲しむ人間は居ても、『冥王』・孔雀の死を悼む人間は、一人も居ないの
だろう。
玉虫は孔雀の魂の安寧を祈って礼拝堂にこもるかもしれないし、氷は仲の良か
ったゲーム仲間がいなくなったといって寂しがるかもしれない。「いとや」は、
自分の手で孔雀を殺すことが出来なかったといって、残念がるだろう。金糸雀は
からかう相手がいなくなってつまらない世の中になったとぼやくだろし、星夜は
たぶん、大人にならずに済んで良かったんじゃないの？と醒めた目で呟くのだろ
う。
それは、孔雀の死を悲しむことになるのだろうか？
それは、自分のための儀式に過ぎないのではないのだろうか。
「たぶん、・・・そうだろうね」
僕はどうなのだろうか？
僕は、自分で『ガーディアン』に仕立てた孔雀の死を悼むことができるのだろ
うか。
「・・・勝手だね」
今はもうどこにもいない孔雀を想っている僕は、一体『ガーディアン』とどれ
ほどの違いがあるというのだろうか。
風の音がした。
冷たい、凍るような風だった。
＜終＞
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き
き・・・
気の遠くなるような、長い時間、ずっとずっと待ち続けた。
「だからさ。俺は待ってたわけよ。ずっとずっと」
百回くらい、このセリフを聞いたかも知れない。僕は溜息をついた。
「そりゃさあ、俺もよく遅刻するけどさあ」
僕は今まで孔雀に何度待たされたことだろう。五分や十分はデフォルトで、
二十分や三十分、酷いときには一時間。いや、去年は一日すっぽかされたこ
とがあったっけ。電話をかけても繋がらないし、散々あちこち探し回って、
見つけた先が僕の自宅だったという、胃が口から出てきそうなほど腹の立つ
結末だったんだ。孔雀の口から出てきた言葉は「あれ、明日だと思ってた」
だった。・・・いいけどね。慣れてるし。用事といったって、処刑した犯罪
者の遺体を引き取るって言う、「取るに足りない」「つまらない」「ありふ
れた」用事だったしっ！・・・夏場は匂いが酷いから、早く処理したかった
んだけどね。でもそれって、僕の「わがまま」に過ぎないことなんだそうだ
しッ！散々処理班に文句を言われたのは僕なんだけどね！！
「でも、ずっと待ってる間、いろんな事を考えてさあ」
「・・・わかったよ」
僕は溜息をついた。
「五分遅刻した僕が悪かったよ。二度と遅刻しません、ごめんなさい」
「いや、わかりゃいいんだけどさあ」
孔雀は満足げに頷いて、それからおもむろにカバンからいろとりどりの紙
を取り出した。
「用事ってのはさあ、ちょっと関東地区の『ガーディアン』ばっかで温泉で
もいこうぜって話になってさ。慰安旅行って事で、お前『大法廷』に経費で
落とせるかどうか掛け合ってくんねー？」
「慰安・・・旅行？」
「あ、お前も連れてってやろーか？」
「き・・・」
君たちは、僕を過労死させる気か？！
「あれ、何かお前顔色悪いなー？やっぱお前も温泉行って休んだ方がいいん
じゃねーの？何なら俺が交渉してやろうか？」
「・・・君を『大法廷』に送り込むくらいなら、『判事』を辞めるよ・・・」
「なんで？」
「さあ、何でだろうね・・・」
気の休まる時がない。
ああ、僕は一体いつになったら、安らかな時間を過ごせるようになるので
しょうか？僕こそ、気が遠くなるほど長い時間、その時を待ち続けているの
ですけど・・・・・・・・。
＜終＞
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く
苦しみも悲しみもミソクソ。
「孔雀の『く』って、苦労の『く』？」
「なんでだよッ！」
＜終＞
く ぱーと２
苦あれば楽ありなんて、とんだうそっぱち。
「ねえ孔雀、なんで孔雀ってそんな名前なの？」
孔雀は最年少『ガーディアン』、空知星夜から一メートルの距離を保ったまま
答えた。
「俺が知るかよ。自分で名乗ったわけじゃねえ」
「じゃ、お父さんかお母さんが付けてくれたの？」
「けっ、そんな可愛いことをするタマかよ」
「じゃあ誰が付けてくれた名前なの？」
「別に。気がついたらそう呼ばれてた」
出身はごく普通の一般家庭である星夜にはその辺りのことがわからないらしい。
不思議そうに首を傾げながら言った。
「火焔呪を使うから？綺麗だから、だから孔雀って呼ばれたの？」
「聞いたことないから、わかんね」
「気にならなかったの？」
「なんねーよ。名前なんかどうでもいいって世界だからな」
「ふーん・・・でもさあ、孔雀って、普通じゃん？」
伝説的存在ともなっている殺人鬼を掴まえて「普通」とは一体どういうことだ
ろう？基準を一体どこに取っているのだ、と尋ねたくなる。二人から更に距離を
保っている治安『判事』の翡翠がその誘惑に耐えかねて、実行した。
「普通って、一体君の価値判断の基準はどこにあるんだい？」
「だってさ、髪の毛黒いじゃんか」
「・・・なるほど、普通だ」
「俺には詭弁に聞こえるがな」
「凄い、難しい言葉を知ってるんだね！偉い、偉い」
「てめーに言われたかぁねーよっ、クソガキ！」
「じゃ、『公共の福祉』ってどういうことか説明してごらんよ」
孔雀は黙ってコーヒーを啜った。
「ねえ翡翠、孔雀の写真ってないの？」
「そんなもの飾ってどうするつもり？」
「そうじゃなくて。今の孔雀って、孔雀じゃないでしょ。宮内友紀さんの顔をし
てるわけでしょ」
「まあそうだね」
「本当の孔雀の顔って、どんなだったのかなあ。『法廷』に残ってないの？」
「あるわけないだろ。逮捕もできなかったのに」
「・・・そっか。孔雀の顔って、誰も知らないんだ」
期せずして星夜と翡翠の視線が孔雀の顔に集まる。たそがれてコーヒーを啜っ
ていた孔雀がきょとんとした表情で首を傾げた。
「何だよ。俺の顔見たってコーヒー分けてやんねーぞ」
「要らないよ、そんなゲロ甘砂糖水！」
「・・・ああ、でも、僕は微かに覚えてるな」
「えっ、どうして？」
「ずっと昔、孔雀に会ったことがあるんだよ。アルファ・ゾーンへ移界させられ
る直前くらいだったんじゃないのかな」
「じゃあ、かなり若かった頃だね」
「うん、まあそうなるね」
「今だったら、どんな顔だろうね？」
「えーっと、孔雀は今四十歳だから・・・」
一瞬の間をおいて、同時に星夜と翡翠は爆笑した。
「に、似合わない！中年孔雀！」
「こ、これでサラリーマンとかだったら、詐欺だよね！」
指を指してゲラゲラ笑う二人をしばし凝視した後、孔雀は黙って治安『判事』
の執務室を去った。
「・・・何かチョーむかつく。食堂で五人前食ったる」
殺人以外の凶悪な犯罪というのはたくさんあるのだ。世間ではそれを嫌がらせ
などと呼んだりもしているらしいが。
「翡翠の名前だしたらぜーんぶツケで食えるもんなー。何食おっかなっ」
嬉しそうにメニューをあちらこちらひっくり返している孔雀は、確かに、四十
歳の中年男性の精神の持ち主とは、思えなかった。・・・・
＜終＞
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け
景子。
ああ、地上最後の女神。
「『判事』が景子に振られたって話、聞いた？」
最高警察庁本部の食堂で、翡翠の名を利用し、ツケで三人前のエビフライを
平らげた孔雀の耳に、なにやら面白そうな話が聞こえてきた。四人前目の茶碗
蒸しに着手しながら、こっそりと聞き耳を立ててみる。
「へえっ、治安『判事』だろ？」
「そうそう。だけど、危ない橋は渡らない人だと思ってたけど」
「わかるもんかよ、『ガーディアン』プロジェクトの首班だぜ」
これはこれは良いことを聞いた。孔雀はどんぶり一杯の茶碗蒸しを急いで平
らげると、食器を持って急いで返却口へ行った。
「おばちゃん、カツ丼キャンセルする」
「おや、もう食べないの？」
「うん、急用」
「ふーん。またおいで、特製茶碗蒸し作ってあげるから」
「さんきゅー」
孔雀は厨房員とは絶対に仲良くなることを心がけている。味方に付ければ、
こうやって様々な便宜を図って貰えるからだ。おかげで、『ガーディアン』だ
と正体がばれた現在でも、厨房員のおばちゃんたちとは非常に良い関係を保っ
ている。おばちゃんたちは『大法廷』の『判事』の顔をよく覚えていなくても、
孔雀の顔と食べ物の好みだけははっきりと覚えているのである。
さて、孔雀は治安『法廷』のドアをノックした。ノックしてやるほど大した
人間が中にいるわけでもないが、一応礼儀である。というより、現在の母親に
厳しくしつけられたクセがどうしても出てくるのである。
「翡翠いる？」
こちらはなかなか孔雀になれてくれない事務官が怯えながらも、治安『判事』
の執務室を指さした。
「おい翡翠、いるかー」
「なんだ、またタダ食いしに来たのかい」
やつれた表情で顔を上げる翡翠。たかが女に振られたくらいで、と孔雀は内
心あざ笑いながらも扉を閉めた。
「えらく疲れた顔してんじゃん」
「え？まあね」
わざとらしく目頭を押さえても無駄だぞ。どーせお前はいつまでもクヨクヨ
してるタイプなんだから。孔雀はわざとらしく聞こえるほど上機嫌な声で、カ
マをかけてみた。
「あ、そうそう、俺こっちに来てからちらっと聞いたんだけどさー。景子って
なかなかイイらしいじゃん？」
「そりゃ、イイなんて物じゃないと思うけど」
「へーっ・・・お前がそんなに褒めるなんて、珍しい」
「だって、誰もが認めると思うよ、景子は」
景子、と口にする度に眉をひそめ、心なしか辛そうな目をする翡翠。おやお
や、これはかなり真剣だったのか、と少々同情しながらも、とどめを刺すべく
探りを入れた。
「お前も気があったんだ？」
「いやー・・・僕はどうせダメだけど」
「そんなことないだろ」
「だけど、僕は治安『判事』だから」
治安『判事』だから、好きな女に振られた？
ふん、ざまあみろ。
孔雀は胸のすく思いで爽やかに笑い飛ばしてやった。
「まあ運命と思って諦めることだなあ？」
「うーん、まあ、損もしてないんだし、別にいいんだけどね」
「強がるなって」
「そりゃまあ、悔しいといえばそうなんだけどね・・・」
翡翠は溜息をついて肩を落とした。が、すぐに苦笑を浮かべて孔雀の顔を見
上げた。
「だけど、一体どういう風の吹き回し？君が景子の事を気にするなんて」
「ちょっとね、噂に聞いたから」
「ふうん・・・どんな噂なんだか」
「面白そうだと思ってさ」
「君は手を出さない方が良いと思うけどなあ」
「なんで？そんなに難しいのか？」
自分が振られたから、誰でも振られるってか？
翡翠は首を振った。
「そういうんじゃないけど・・・やっぱり、見通しが立てづらいからね」
「俺はお前より経験豊富だぜ？」
「だけど、君は新聞で読むのはテレビ欄と三面記事だけだって言ってたじゃな
いか」
「・・・新聞よまなきゃだめだとでもいうのかよ？」
「そりゃ、ダメって事はないけど、それで大損するのは君なんだよ」
真剣な表情で窘めるように言っていた翡翠がくすりと笑った。
「・・・でも、よく考えたら君に出来るはずがないよね。だって、そんな資金
持ってないだろうし」
そんなに浪費癖のある女なんだろうか？首を傾げたとき、翡翠が執務室に置
かれているテレビのスイッチを入れた。
「ほら、丁度今ニュースで言ってるけど。景子って、今一万八千なんだよ」
「・・・なにが？」
「何って、一株当たりの値段だよ。これでもかなり下がったんだよ」
「は？・・・」
「最低百株買いだとしても、百八十万必要なんだよ。君、そんなにお金持って
ないでしょ？」
何で株式の話になるんだ？訳が分からずテレビを眺めていると、翡翠のしみ
じみとした声が聞こえてきた。
「景子が上場されてから、かなり乱高下してるんだよ。仕手集団が大量に売り
買いを出してるって話だね」
「・・・お前、景子に手を出して振られたって聞いたんだけど・・・」
「ああ、それで話を出したの？違うよ、僕は株取引をする資格が元々ないよ。
特別公務員だからね」
翡翠はにっこり笑って肩を竦めた。
「『判事』は全員、在職期間中は株取引をすることを認められてないもの。ま
あそんなお金も持ってないけど、買いたくても買えないよ、僕は」
「・・・ふーん・・・」
「つまんないから、買ったと想定して、売買注文だしたことにして遊んでたん
だけど、見事に引っかかって、高値の時に買って底値で売っちゃった。やっぱ
り、慣れないことはするものじゃないねえ」
「・・・なあ、なんで景子っていうんだ？」
「景仰電子産業の省略だよ。景仰の景と、電子の子で、景子」
「なんでケイシって読まないんだよ！ややっこしいだろ！」
「そ、そんなこと僕に怒られても困るんだけど・・・」
孔雀がぷんぷん怒って帰ったあとも、しばらく翡翠は首を捻っていた。
「・・・一体何と間違えてたんだろ、孔雀は？」
＜終＞
↑go head
こ
後悔したことがあるかい？
「こうかいか。うーん、ないな」
「へえ、珍しい」
翡翠はぐったりと椅子に凭れながら呟いた。
「なあ、疲れてるんだったら寝たら？」
「と、そう簡単に寝られるくらいなら、とっくに寝てると思わないかい？」
「・・・思う」
「思うなら、仕事の邪魔をしないで、大人しく帰ってくれないか？」
孔雀は肩を竦め、ぺろりと舌を出した。
「お前、何時間寝てない？」
「えーと。・・・五日かな」
「五時間じゃなくて？」
「ぼくは一日に二十時間以上寝るナマケモノと同種の生物ではない」
「わかってるよ。ちょっとからかっただけだろ」
棚の上に置いてある手首の標本をしげしげと眺めながら、孔雀はそれが
ホンモノかどうかと考えた。
「壊さないでくれよ。それはベータ・ゾーンで一、二を争うスリの名手の
手首なんだから」
「何でそんなモンがここにあるんだ？」
「切ったからだよ」
「誰が」
「僕が」
「・・・」
「正確には、僕の命令で、処刑官吏が」
子供のような顔をして、あっさりと恐ろしいことを言う。きっと、そう
やって人の怨みを買った挙げ句に、殺される結末を望んでいるのだろう。
「でも、君なんか、後悔の塊だと思うけどなあ」
「そんな暇ねーからな」
「・・・僕はいつでも後悔してるけどな」
ぽそりと漏らした翡翠に、孔雀はくるりと振り向いた。
「なんで？お前にそんな時間ねーじゃん」
「後悔する時間は残念ながら、あるんだ」
「いつ遊んでるんだよ？」
「遊んでなんかいないよ！」
「だって、こうかいだろ？」
「そう、こ・・・」
途中でぷつりと言葉を切り、翡翠はまじまじと孔雀の顔を見つめたあと、
震える指を突きつけた。
「こうかいというのは、何かい、船に乗って海を行く、あの航海のことを
言っているのか？！」
「他に何かあったっけか？」
「何で船の話が出て来るんだ！」
「だってお前、こうかいとしか言わなかったじゃんか」
「言わなかったけど、だからって！話の前後でどういう意味で使ってるの
か、わかるはずじゃないか！」
「わかんねーんだから、しょうがねえだろ」
「しょうがねえで済む問題かっ！」
今は箸が転げても腹が立って仕様がない翡翠がヒステリーを起こしかけ
たとき、背中を向けて何やらごそごそやっていた孔雀がくるりと振り向き、
手に持っていた瓶の中味をひょいと翡翠に向かってぶちまけた。
強烈な臭気。
「うわっ、何をするんだ？！」
「別に毒じゃないから安心しろ」
ま、薬でもないけど、と呟く孔雀の声は恐らく、翡翠には聞こえなかっ
ただろう。二荷ホルマリンの麻酔作用に、元々睡眠不足が極限まできてい
た翡翠は声もなく眠り込んでしまったからだ。
「それにしても、ベータ・ゾーンのホルマリンはくっせーな」
自分がまき散らしたクセに、迷惑顔で鼻をつまんで換気扇を作動させる
と、孔雀は扉を開けた。振り向くと、ぐったりと椅子の中で翡翠が眠って
いるのが見えた。恐らく、今日一日は目覚めないだろう。
「・・・俺だって後悔したことくらい、あるんだぜ」
苦笑して、扉を閉めた。
＜終＞
↑go head
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