は
母は強し。
「母は強し、人民は弱し。」
「・・・何かそれ、間違ってるよ」
「間違ってねえよ」
孔雀はうんざりした表情で僕に言った。
「だって俺とお袋は一応他人だし」
「違うだろ、一応親子だけど、ホントは他人だし、だろ」
「どーだっていいじゃん、面倒くさい。・・・俺がさ、お前の見舞いなんかぜってー
いかねえよ！って言ったらさ、どうしたと思う？」
「さあ・・・怒鳴られたの？」
「殴られた」
天下の大悪党・・・ちょっと違うか。天下の大罪人、殺人狂の『冥王』孔雀を殴
る女性、ときくと、縦横一キロメートル、重さ１、３トンはありそうな気がするけ
れど、要は孔雀はアルファ・ゾーンの母親が怖い、と、ただそれだけのことだった
りして。彼女自身はとても優しい、思いやりのある女性なのだけれど。
「お前な、ぐーだぜ、ぐー。アタマが凹んだかと思った」
「またオーバーな」
「だってホントなんだってば！」
「君の体がまだ子供の大きさだったころ、母上はダンプから君を身を呈して庇った
んだろ」
「・・・またその話かよ」
孔雀はぷいと顔を背けて部屋を出ていった。
入れ違いに僕の部屋に入ってきた舞ちゃんが、数学の教科書を抱えたまま、不思
議そうに首を傾げて言った。
「ねえ翡翠さん、孔雀さんが顔赤くして膨れてたけど、また喧嘩したの？」
「・・・いいや、別になんでもないよ」
僕は微笑んで、そう答えた。
＜終＞
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ひ
ひきょうもの。
「卑怯モノ！名を名乗れ！」
僕は目を覚ました。起きあがると、隣で孔雀が眉間にしわを寄せながらうんう
ん唸っていた。
「・・・何で僕が起こされて、うなされてる君が寝てるんだよ・・・」
「逃げるな、卑怯モノ！」
ヒーローものか時代物の主人公になった夢でも見ているんだろうか。ベッドを
取り上げられた僕は、ロビーへ行くことにした。
「君も目を覚ませってんだ。何で僕だけ叩き起こされなくちゃならないんだ、卑
怯モノ！」
「正義は勝つのだ！」
孔雀の寝言が現実の僕の言葉と妙にシンクロするのが腹が立つ。
今度から、寝るときは洗濯鋏を用意しておくことにしよう。
＜終＞
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ふ
ふふふふふ。
「何だよ、気持ちの悪い笑い方すんじゃねーよ」
「ええやんか、どう笑おうと俺の勝手やん」
「お前の場合、笑い方そのものよりも笑ってるって事実の方が気持ち悪いからな」
「お前、なかなかひどいこと言うやん、さすが『冥王』、ダテにトシは喰うてへ
んな」
「トシトシって言うのやめろッ！」
「せやけどー、四十過ぎたらオッサンやろ」
「トシってほどの年じゃねーよ！」
「四十にして惑わずってゆーやんか」
「うるせー、五十でも六十でも迷いまくってやるっ」
「あははー、孔雀、方向音痴なんか？」
「意味が違うだろぉぉッ！」
・・・うるさい。
翡翠はアタマを抱えた。
大阪人を『ガーディアン』に入れたのは一世一代の大失敗（？）だったのかも
しれない。
＜終＞
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へ
屁理屈をこねるな！
「なあ、孔雀」
「なんだよっ」
「孔雀は、俺より年上やん？」
「・・・一応な」
「でも、俺より背は小さいよなあ？」
「ベータ・ゾーンからアルファ・ゾーンに移ったときに、縮んだみたいだな。前
はもうちょっと背があったんだけど」
「そしたら、孔雀と俺を比べたら、俺の方が格上なんか？」
「なんでそうなるんだよ？！」
「体格が上」
「・・・くっだんねーギャグを平気で言うなぁぁぁぁ！」
「せやけど、その通りやろ？」
「屁理屈を抜かすなぁ！お前、俺に喧嘩売る気かぁッ！」
ガターン、とすさまじい音がして応接テーブルが宙を舞う。ひゃっひゃっひゃっ、
とおかしな笑い声を上げながらも、見事にそのテーブルを叩き落とす由鷹。
「・・・頼むから、執務室でドツキ漫才をするのはやめてくれぇ・・・」
翡翠はアタマを抱えた。
こいつら、どうしてヒマだったら僕の所へ来るんだ。宙を舞うテーブルとソファー
セットを悲しげに見つめながら、翡翠は溜息をついた。
＜終＞
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ほ
本当のこと。
「俺、もう寝るわ。眠いし」
孔雀は笑って背を向けた。
「逃げるのかい？」
「・・・俺は孫子を敬愛している」
孔雀は僕の言葉を背を向けたまま、拒絶した。
「どこへ行っても同じだよ。君は一生、逃げられない」
「・・・わかってるけどさ」
「・・・」
「お前が言ってるのは本当のことだと思う。本当のことからは、誰も逃げられな
い。きっと、俺だって」
でもさ、と孔雀は僕の隣りに持ってきたベッドへ潜り込み、アタマから毛布を
被ってもごもごした声で言った。
「俺、幽霊とかそういうの、大嫌いなんだよ！」
かつーん、と鋭い音がしたかと思うと、啜り泣くような少女の声が聞こえた。
「ひえぇぇぇぇぇ」
「何とか原因を取り除かないと、寝不足で困るよね」
「ななななにをれいせいせいにいってっててっててて」
「よりによって、どうして僕と君に見えるんだろうね？僕はともかく、君にまで
幽霊が見えるなんて、不思議だな」
「おおおおおれががががががが」
「・・・震えながら言うのはやめなさい。何を言いたいんだか、わかんないよ」
「たたたのっむむむむからからからじょじょじょうぶっ・・・」
そこで孔雀はぴたりと声を呑んだ。
「どうしたの？」
「・・・舌噛んだ」
いつのまにか、少女のすすり泣きは消えている。僕は溜息をついて孔雀に言っ
た。
「良かったね、今日は終わったみたい」
「頼むから俺をアルファ・ゾーンへ帰してくれぇぇぇぇぇ！」
孔雀の絶叫が、療養所内に響き渡った。
＜終＞
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