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「なんだ、今日は空港は片割れだけか？」 「・・・但馬は非番日です」 課長補佐兼務の人事部人事課訓練・任用係長の揚羽が千歳の姿を見て声をかけてくれた。いや、覚えていてくれるのは光栄なのだが、但馬とまとめて「空港」という覚え方は如何なものか。いやいや、たとえチームを組んだときの愛称（蔑称？）でも、数多の巡察官の中で人事係長の記憶に残るというのは名誉なことには違いないのだが、・・・。 「揚羽係長もご出席とは知りませんでした」 「今年から課長補佐も兼務になったんでな。挨拶する訳でもなし、クソ忙しい合間を縫ってこんな所へ来ても無意味なんだが」 あからさまに面倒くさそうな表情で肩を竦める。側で第一研修部の部長がイヤな顔をしているのも無視して、揚羽は修了生たちを振り返っていった。 「どうだ、ものになりそうなのは居たか」 「・・・勘弁して下さいよ」 また、「特別任務」と称して新人のおもりをさせられるのはまっぴらだ。幸い、自分たちが受け持った塚沙はなかなか優秀だったから、それほど苦労しなかったとはいうものの、馴れない通常巡察だの三人一組のチームだの、かなり神経を削られたのは確かだ。 「自分たちも新人だった頃があったろう。そのお返しと思ったらどうだ」 「そりゃそうですけど・・・僕らの頃は、とにかく覚えろ勝手に覚えろ、ってロクに面倒見てもらえませんでしたからね」 「それは時代の流れというヤツだな」 「そんなぁ・・・」 時代の流れ、という一言で何でもかんでも片づけられてはたまったものではない。千歳の渋い顔を見て、揚羽は微笑した。 「アレは新人にはともかく、『トレーサー』にはずいぶん評判が悪かったからな。お前たちにはもう当たらないから安心して良いぞ」 「あの、もう、ってことは」 「去年とは違う『トレーサー』にやらせる」 さすがは「鬼」と言われる人事部生え抜きの人間のお言葉だ。千歳はがっくりと肩を落とした。 「・・・三等巡察官が全員当たったら、また一巡して僕らが当たるってわけですか・・・」 「イヤなら次の順番が回ってくる前に昇進しろ」 「そんな無茶な・・・」 残念ながら、三等巡察官はそうそう大勢居るわけではない。もちろん、全『警察庁』を合わせれば相当の人数にはなるが、本部勤務の、となると数はぐっと減る。次に当たるのは、おそらく二年か三年後・・・それまでに昇進しろと言われても、巡察部『トレーサー』として現役で活躍したければ、三等巡察官のままでいるか、特別捜査官の昇進試験を受ける他はないのだが、その試験が高倍率の上に相当難しい筆記試験もあるとなると、大概の『トレーサー』は素直に諦めてしまうのだ。そんな勉強をしている暇があれば働け！と上司や同僚から怒鳴られることは間違いない。 千歳はふと、揚羽係長の顔を見つめた。 「なんだ、私を睨んでも『特別任務』は消滅しないぞ」 「い、いえ、とんでもない。ただ、ちょっと・・・」 「なんだ」 「いえ、ちょっと、係長と似た方にお会いしたことがあったような気がしただけなんです」 「私に似ている？」 揚羽は少し首を傾げたが、すぐに薄く笑みを浮かべた。 「ああ、ここに来たから思い出したんだろう？新人面接の担当官じゃないのか」 「ど、どうしてそれを」 「深山人事局長だろう。当時は人事部課長補佐か」 「そうです、・・・」 「イヤなオヤジだっただろう。人の懐を見透かすような、陰険な目つきの」 「ご存じなんですか？」 「父だ」 そうです、とてもとてもイヤなオヤジでした、と言わなくて良かった、と千歳は心底自分の注意深さを褒め称えた。そういう揚羽も、相手の心の動きを見通すような、鋭いまなざしをしている。そういう所は、父親にそっくりだ。 「嫌味なオヤジだが、人を見る目だけは確かだ。面接をした中に、良い巡察官になりそうだ、とお墨付きをつけた新人がいたそうだが、確かにその通りだったな」 細く、白い揚羽の指先が、千歳の襟につけられた徽章に触れた。入庁した日からずっと今まで、千歳の制服の襟につけられていた徽章。細かい傷が付いて、新人たちの徽章のように綺麗に光り輝くことはないけれど、その傷の一つ一つが千歳の巡察官としての証なのだ。 「・・・係長は、何のために『警察庁』へ入ったのですか？」 揚羽は軽く眉を上げたが、すぐに答えてくれた。 「自分のためだ」 「・・・」 「官僚の一族に生まれついたが、『警察庁』へ入ったのは自分の意志だ。治安のために戦うのは他の方法でも出来るが、私には『警察庁』が一番手近で確実な道だった」 「自分のためではなく、誰かのために・・・とは思いませんか？」 「自分のために戦えない奴は、誰のためにも戦えない」 研修部の人間が、揚羽を本部まで送り届けるために探しに出ている。揚羽は千歳の肩を叩いた。 「お前は良い巡察官になった。お前は間違っていない」 「・・・ありがとうございます」 「でも・・・」 千歳は呆然と揚羽を見送っていた。 まさか、彼女は父親からそこまで聞いていたのだろうか？まさか、あれはほんの一言、深山課長補佐が漏らした個人的な感想だったはずだ。 『もう少しうまく立ち回る方法を覚えた方が良いぞ。・・・尤も、君の良さは、全てを真っ直ぐ見つめられる、その強さなんだろうがね』 彼らの言う、「うまく立ち回る」というものがどういうことなのか、よくわからない。いや、わかる気もするのだけれど、深く考えたことはない。考えれば、自分ではなくなる気がするからだ。保身に汲々とするようになったら、終わりだ。だから、死に急がない代わりに無用の延命もしたくない。 自分は自分だ。 いつも、いつまでも、自分自身であり続けたい。 「千歳、撤収するぞ！」 係長と話し中だった間は遠慮して待ってくれていた仲間が、千歳を呼んだ。 「・・・わかった、今行く！」 |