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「おにぎり選手権をしないか」 孔雀の目がらんらんと輝いている。どちらかといえば、指令に基づいた殺しをしているよりも生き生きとしているのが「食べ物の話をしているとき」「実際に食べているとき」かも、と思いながら翡翠は首を傾げた。 「なにそれ」 「おにぎりを百個作るんだよ。そんで、一番早く百個作れたヤツが勝ち」 「…作ったおにぎりはどうするつもり？」 「喰えばいーじゃん」 「いや、一人百個でしょ？食べきれないよ」 「参加者をたくさん集めたらいいだろ」 「いやだからね、その全員が百個作るわけでしょ？競争だから百個作る前に終わるかもしれないけど、でも相当の数を作るわけじゃない」 「そうだけど」 「そうだけどじゃないよ。それを全部君が食べるわけ？」 「…そっか」 「参加者は大勢居ても、君は一人しか居ないんだからね？」 「じゃあ一人十個」 「それじゃ大した競争にならないって」 「でも十個なら喰える」 結局自分が食べたいだけなんだな、と思ったが翡翠は黙っていた。そんなことは別に珍しいことではなかったし、驚くような不思議なことではなかったからだ。 「…あのさ」 「なに」 「大食い選手権、とかそういう番組、アルファ・ゾーンでやってないの？以前はよく放送していたように思うけど」 「そういや最近はあの手の番組ってやってないなあ。死人も出てるし、そんで取りやめになったんじゃねーかな」 「ふうん。残念だね、今でもやってたら思い切り食べられたのにね」 「失礼な、俺はあんな大食いじゃない」 その発言の方が失礼だと思うけど。 翡翠はもうちょっとで喉の奥からこぼれそうになった言葉を飲み込み、床を指差した。 「おにぎりが食べたいなら、食堂か『カラーズ』へ行ってくれば？」 「へ？なんで志野んとこ？」 「『トレーサー』が時々おにぎりが食べたいって言うから、メニューには入れないけど、準備しようかなって悩んでたから。まあ、百個は食べさせてはもらえないと思うけどね」 「ふーん。じゃ、ちょっと行ってこよう」 ちょっと迷惑だったかな。 まあいいか。 「また地上げ屋がうろついてるみたいだしね…」 翡翠の目から見ればかなりあからさまな地上げ屋なのだが、それと気付かないのは志野が鈍いのか、それとも人が良いせいか。どちらにしても、孔雀が居れば悪い方向へはいかないだろう。大事になる可能性は捨てきれないが、孔雀はいわば「居るだけで大事」なのだから、そんな心配は今更なことだし。 「あ、しまった。米代は地上げ屋にたかれって言うの、忘れた…」 まるで「仕事上のミス」、とでもいうように呟く翡翠の方が、余程悪人の台詞のように聞こえる、などとは思いもしない治安『判事』殿だった。 |