|
「だから危険だと申し上げたのに…！」 若葉の声も、翡翠の柔らかい笑顔に弾かれて、消えた。 「でも、高校出の新入りに見えるような人間が私くらいしかいなかったしね」 「それにしたって…！」 橋の上から突き落とされた翡翠はずぶ濡れになっていたが、確かに、幼さを残した顔は本当に高校を出てすぐに配属されているホンモノの新入りの塚沙より余程年下に見える。 本当に、余程心配だったんだろうな、と思いながら千歳は大きめのタオルを若葉に渡した。 「あの、治安『判事』がお風邪をひかれないうちに早く着替えたほうが良いのでは」 「あ、ありがとう、そうか、そうだよな…『判事』、どうされました？」 ぐっしょりと濡れそぼった翡翠がポケットを探りながら、少し困った顔になった。 「橋から落ちたときに、財布を落としたみたいだ…まあ、カード類を入れた普段の財布は『法廷』へ置いてきたし、まあいいかな」 その時、孔雀がぽんと翡翠の肩を叩いた。 「お前の財布、これだろ」 財布、というよりは小銭入れのような、小さめの財布。翡翠はこくりと頷いて微笑んだ。 「ありがとう、助かったよ」 たかが小銭入れに入っている金のためだけに礼を言ったのではない。 もちろん、それもある。だが、翡翠が「身代金の受け渡し」のために突き落とされた橋の下を流れる河は、この数日の雨で酷く濁り、激流と化していた。もしも、孔雀が居なければ、誘拐された子供の代わりに治安『判事』の死亡記事が翌朝の新聞に掲載されていたことだろう。 何故孔雀が翡翠の落ちる場所を予測できたのか、何故あの濁流の中から翡翠を見つけ出すことができたのか、何故あの激流の中から抜け出ることが出来たのか、…翡翠は何も言わず、ただ、孔雀にいつもと変わらない笑顔を向けた。 「一割」 「え？」 「拾いモンの謝礼は一割から二割だろ」 「この財布の中からいつもキミに奢ってるだろー！！」 「『判事』、孔雀なぞに構わず、早くお着替えを」 「なぞとはなんだ、なぞとはー！！」 「うるさい、お前のせいで『判事』がお風邪を召されたらお前に損害賠償訴訟を起こすぞ！」 「俺だって謝礼の請求の訴訟を起こすぞー！！」 いやだから、治安『判事』が風邪をひく前に、…と思った千歳だったが、翡翠が小さくくしゃみをするのをみてしまった千歳は、時は既に遅かったことを知ったのだった。 「…あの、風邪のひきはじめによく効く薬、持ってますから…」 「すみません、ありがとうございます…」 若葉も部下なら、孔雀も部下。 部下同士の揉め事に苦笑しながら頭を下げる翡翠は、確かに「高校を出てすぐに配属された巡察官」より幼く見えたのは千歳の気のせいか、それとも本来の翡翠が持つ表情が出たせいなのか。 どちらにしても、治安『判事』って本来の仕事以外のことのほうがよっぽど面倒くさそうで大変そう、と思ったのは内緒にしておこう、と千歳は思ったのだった。
|