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気がつくと、蒼い沼の中に立っていた。腰まで浸かっている水はとても美しく透き通っていたが、何故か身体は全く見えなかった。 （ああ、これは夢だ） 冷たくもない。暖かくもない。「何か液体に浸かっている」という感覚もない。それに加えて、不可思議な現象。 くぅ、と小さな声が聞こえてそちらを振り向くと、白い鳥が一羽、枯れ枝にとまってこちらを見ていた。 穢れのない、純白の白い鳥。 あれは、幼い頃の自分だ、と何故か翡翠は思った。 鳥の黒い目が、じっと自分を見つめている。 鳥はこちらに近付いてこようとしなかったし、翡翠も、近付こうとも思わなかった。 あれは、幻だ。 あれは、失った自分の過去。 近付いて何になる。触れて一体どうなるというのだ。あの頃に帰ることが出来るわけはないのに。あの頃の思い出すら穢して「綺麗なところなど何もないのさ」と嘯くことが出来る程自分は強い精神力を持っているというのか。 あの頃を失って、まだ生きていられる程、自分は------ 「翡翠、翡翠、焼き鳥丼」 どん、と背中を叩かれて、はっと翡翠は意識を取り戻した。 どうやら、不覚にも執務室のデスクでほんの一瞬、うたた寝をしてしまっていたらしい。 「幻のメニュー、焼き鳥丼！いつ行ってもねーんだもん、俺ほんとにメニューにあんのかよ、っておばちゃんに文句言ったことあるもんな」 目の前には、丼が二つ。 一つはもちろん、孔雀の手に。そして、もう一つは、翡翠の目の前に。 「冷める前に早く喰えよ」 「…うん」 一瞬、目の前の鶏肉が、あの白い鳥の肉のような気がした、なんて。 「…どした？」 「ううん、ちょっと、夢の中で白い鳥が出てきたから…」 「夢ん中でニワトリが出てくるなんて、変わってんなー。お前んちの目覚ましって、コケコッコー！って鳴んの？」 「失礼な、普通の目覚ましだよ」 翡翠は割り箸を割った。 コレは、あの白い鳥のわけがない。たとえ、あの白い鳥が「捕まえられる」ようなものだったとしても、それでも、これはあの鳥じゃない。 孔雀が持ってくるものに、毒は入っていないのと同じように。 哀しみも、入ってなど、居ないのだ。 「団子も食う？」 「…それは遠慮しておく…」 「お前って小食だよなー」 「君が大食なだけだ」
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