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出勤は公用車での送迎が多い翡翠は、お盆休みだから、年末だから、という「休み」を実感することがあまりない。それでも、世間ではお盆休みの期間は運転士が「やっぱりお盆は道路も空いてますねえ」と呟いたのを聞いていたから、そんなものなのだろうとはぼんやり思っていた。 でも。 「翡翠、翡翠、焼いたか？」 孔雀が茄子を手に持ち、息せき切って治安『法廷』に飛び込んできたとき、晩ご飯の話をしているのだと信じて疑っていなかった。 「今日の晩ご飯は冷麺を食べたんだけど」 「誰が晩飯の話をしてるんだ」 「君じゃないの」 「お前だろ」 「…あの、焼くって、何を？」 「送り火だよ！大文字焼きで船形で妙法！」 そこまで聞いてもまだなお、饅頭か回転焼きの話かと思っていた翡翠は、数秒孔雀の手の中の茄子を見つめて、そしてやっと頷いたのだった。 「ああ、送り火ね。…してないよ」 お盆はおろか、命日にさえ墓参りができない翡翠が、送り火を焚くことなどできるはずもない。そもそも、翡翠は無宗教主義だし、ベータ・ゾーンには「送り火」という習慣はないのだが。 だが、翡翠の答えを聞いた孔雀は血相を変えた。 「焚け！今すぐ！茄子は持ってきたから！」 「どうして？僕は毎年やってないし、それにベータ・ゾーンには」 「ちゃんと戻ってきたご先祖様には帰ってもらわないと、この世がユウレイで満員になるだろーが！」 「いや、あのね、だから」 「今年の夏が異常に暑いのも、きっと人口密度が上がってるからだ！今すぐ送り火焚きに行こう！」 「…幽霊って、居たら普通寒くなったりするんじゃ」 「ええい、黙れ、この不心得者め！うだうだ言うな、来い！」 無理矢理に治安『法廷』から引っ張り出され、近所の小さな公園に連れてこられた翡翠は、いそいそと火を焚く準備をしている孔雀をぼんやりと眺めていた。 幽霊の人口密度なんかを気にする人間がいるとは、さすがの翡翠も予測していなかったことだったが、オカルト嫌いの孔雀のことだから、大方、夏休み特集と題した怪談番組を見て怖くなったのだろう。 翡翠が溜息を吐くと、座り込んでいた孔雀が翡翠の手を取って引っ張った。 「わっ」 「ほれ、お前が火ぃ点けろよ」 「何で僕が」 「お前のとーちゃんとかーちゃんを送るんだから、お前が点けてやった方が嬉しいだろ」 「え…」 「俺ん家はもうやったから、じーちゃんもばーちゃんも帰ったよ」 翡翠は黙って孔雀を見つめていたが、大人しく隣にしゃがみこむと、マッチで藁に火を点けた。 「…確か、この茄子が乗り物に見立てられてるんだよね…」 「そーだよ。茄子の馬に乗って、帰っていくんだ。帰りの旅費まで用意してやるなんて、昔の人は考えることが細かいよなあ」 「そうだね」 ほんの僅かな藁と紙切れは、小さな焔を揺らめかせていたが、やがて、燃え尽きて、消えた。 「いちおー水かけとくか」 ペットボトルに入れた水を上から振りまきながら、「火の用心」と呟く孔雀。僅かに残る、煙の匂い。 燃えた灰を見つめていた翡翠が、小さな声で言った。 「…孔雀」 「なんだ」 「ありがとう」 孔雀は笑って、翡翠の肩を叩くと立ち上がった。 「頼んないムスコの心配して来年も帰ってくるぞ、絶対」 「ひどいなあ」 孔雀の後を追って歩き出した翡翠はふと、公園を振り返った。 祖先の霊を送り返す「送り火」の跡に、何かふわりと暖かいものが残った、気がした。
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