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「困ったねえ」 光は溜息をついた。 「遅いよ、父ちゃん」 「仕方ねえだろ、家出る時にボスの電話がかかってきたんだから」 目の前に立ちはだかる男の肩越しに、光は父に向かって訴えかけた。 「あんたが遅いから、俺ウリやってる女と間違えられちゃったじゃん」 「だ、だましたのか？！」 蒼白な顔で上ずった声を上げる中年の男の顔を、光はしげしげと見つめた。 父の宗佑より十歳は年上だろうか、どことなく存在感の無い、影の薄い男だった。一世一代の勇気を振り絞って------かどうかは知らないが------若い女の子とオイシイことを、と声を掛けてみれば相手違いだった上に男だった、といったところだろうか。 「人聞きの悪いこと言うなよ。騙すも何も、俺男じゃん」 「し、しかしっ」 「うるせえな。児童買春でチクられたくなきゃさっさと帰ってかあちゃんのおっぱいでもしゃぶってな」 吐き捨てるように言うと光は立ち上がり、宗佑の腕を掴んだ。 「行こうぜ、父ちゃん、気分わりー」 「・・・良いのか？」 逃げるように去っていく男の背中を見送りながら、宗佑が呟いた。あの男を警察に突き出すことも大事だが、それよりもまず売春をしようとしている少女をつきとめなければならない。今回、買売春を阻止したところで「次」がないとは限らない。むしろ、二度目以降を断ち切ってしまうことが大切なのだ。だが------ 「良んだよ」 光はあっさりと肩を竦めた。 「今さ、すっごく流行ってんだよね」 「何が」 「ウリ」 「・・・ジュクでか？」 「そ、ここで」 日本はもちろん、世界でも「シンジュク」は一大歓楽街として名を馳せている街だ。ドラッグ、密輸拳銃、何でもが買える。女子中高生の一人や二人、買えないはずはない。 「ヤー公の息がかかってるのか」 「ううん。チーマーと組んだ女子高生がグループ援交してんだよ。組織的にね」 「自分たちだけでか？そりゃあヤバいんじゃないのか」 「ヤバイだろうね。今んとこ携帯とネット使ってうまいことやってるみたいだけど、ヤー公はもう気付いてるしね。シッポ掴まれるのも時間の問題じゃないかな」 「おいおい、だったら」 光はくるりと振り返り、曖昧な微笑を浮かべた。 「前にも言ったよね、どうして助けてやらなかったのか、って」 容姿の良い少年達をひっかけて、遊ぶだけ遊び、後は破滅の道へと追いやる、という遊びに耽っている「毒婦」と呼ばれる女がいる。以前、彼女によって粗悪な改造銃が街に流れたことがあった。そのときも、光は少年達に何の警告も発しようとはしなかった。彼らが相手にしているのはヤクザの情婦であり、そのヤクザたちですら手玉に取るような、一筋縄ではいかない女であることを熟知していたのに、放置していた。 結果、少年達は改造銃を発射し、暴発に巻き込まれて自らも大怪我を負うという、悲惨な結末を迎えた。 「彼女達は自発的に始めたんだよ。誰に強制されたわけでもない」 「そりゃあそうかもしれないが」 「相手によっちゃあ、美人局みたいなこともやってるらしいぜ。っていうか、殴ったり蹴ったりして大怪我させて、カネもカードも全部巻き上げて、カネを引き出したりさ。それに」 光の目に、一瞬昏い色が射した。 「エロオヤジの自業自得だけどさ。でも、一生立ち上がることも、モノが言えなくなることも、・・・昏睡状態で二十四時間、誰かが側についてなきゃ死んじまうような状態になるほどのことじゃなかったと思うけどね。強姦ならともかく、売買は双方の合意で成立してたんだから」 目を覚ますようになることは絶望的。周囲の人間や会社からは白眼視され、妻は看病疲れからくるノイローゼで自殺、残された二人の子供は一人は非行に走って鑑別所行き、もう一人は年金暮らしの祖母に引き取られたとか。 一家四人はバラバラになってしまった。 買春は、罪だ。 犯罪だ。それには間違いない。 「・・・どんなやつらがウリをやっているんだ？」 「女三人、男三人。女がリーダーで、誰がどの客の相手をするのか、親父をフクロにするときにはどこでどうやってやるのか、全部決めて命令してるらしいぜ」 何故か、光はくすりと笑った。 「女王様にでもなったつもりか」 「女王？」 「新宿の女王様ってとこ。でも、この街はそんなに甘くないけど」 万人が認めるわけではもちろん、ない。だが、既に「女王」は存在する。かの「毒婦」が新宿の女王を自認している（らしい）以上、高校生の小娘に自由気ままな「荒らし」行為をこのまま放置しているはずは無い。草の根を分けても探し出そうとしているはずだ。 彼らが本気になって潰しにかかれば、小利口なようでも所詮は世間知らずの子供、魍魎跋扈する裏世界の住人達にかなうはずは無いのだから。 「父ちゃん、余計な口出しは無用だよ。巻き込まれるだけ損だって」 宗佑の考えていることなどお見通しだ、というように光は笑った。 「もう涼子サンにチクッたから」 「涼子に？・・・どうして？」 「少年課のおにーさんたちに知り合いはいないし、マル暴関係のおじさまたちに痛くないハラ探られるのもイヤだから」 宗佑は呆れてわが息子を見つめた。 集団売春集団に適度に痛い目にあわせて、・・・といえば聞こえは良いが、残念ながら、必ずしも警察が一歩先んじて彼女達を補導できる、とは限らない。もしかしたら、ヤクザたちが彼女達の尻尾を掴んで、根こそぎ自分たちの道具としてしまう可能性も残っている。 どちらが早いか------光には興味が無いのだろう。 「ねえ父ちゃん、知ってる？」 光は、笑った。 「因果応報・・・って？」 宗佑は、黙って首を振るのみだった。 |