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「翡翠？」 前を歩いていた翡翠が、ぴたりと止まった。そして、小さく溜息を吐く。 「少し、ここで待っていてくれないか？」 「え？」 金糸雀は『ガーディアン』としては、あまり戦闘能力が高いとは言えない。玉虫のように剣技に長けているわけでもないし、孔雀のように格闘能力や火焔呪といった特殊能力があるわけでもない。身近に迫った敵の気配を読むのが得意ではないから、攻撃を受けてしまうことも多い。 だから、翡翠と自分を男たちが取り巻いているのにも、気付いていなかった。 「よう、兄ちゃん、その別嬪さんをちょっと貸してくれねーか？」 「俺たちと一緒に遊ぼうぜ〜」 男たちがげらげらと野卑な笑い声を上げる。だが、翡翠は懐に忍ばせた銃を無造作に抜いて見せた。 「誰に頼まれたのですか？」 「何だと？」 「たまたま、私と彼女に目をつけたわけではないでしょう」 にっこり微笑む翡翠。確かに金糸雀は跳びぬけた美貌に魅惑的な肢体を持ち、街を歩けば何人もの男に声をかけられる美人だし、翡翠は小柄で華奢で、少々柄の悪い男たちに舐められやすい容姿をしては居るが、二人で並んでいればいついかなる時でもこの手合いの男たちに絡まれる、わけではない。 ましてや、相手が尋常ではない殺気を漂わせているとなれば。 「本気で相手を殺そうと思うのならば、あまり殺気は表に出さないほうが良い」 「そのご忠告はありがたく聞いておくよ」 「次は気をつけることにするよ」 男たちはにやにや笑いながら、じりじりと輪を狭めてくる。その輪の動き方から、狙いは翡翠らしい。女連れのところを「たまたま」狙われた、ということにしたいのだろう。 「あら、酷い」 金糸雀がくすりと笑った。 「あたしと遊ぼうなんて誘っておいて、ホントは翡翠のほうが良いのね？」 「安心しな、別嬪さんは後でゆっくり遊んでやるからよ」 男たちの金糸雀を見る目には、はっきりと暗い欲望が滲んでいる。少し気の弱い女性なら、卒倒しかねないところだ。治安『判事』を片付けた後で、ついでに綺麗な女で遊ぼうというところなのだろう。 「そんなのいやぁよ」 くすっと金糸雀が笑う。笑いを堪えきれない金糸雀の表情に、男たちが怪訝そうな視線を向ける。この状況で笑えるというのは、どちらかといえば「普通」ではない。 「あたしが先よ。いいでしょ？」 「やめなさい、金糸雀・・・！」 「どうして？あなたを殺そうとしたんだから、構わないでしょ？」 止めようとした翡翠を制して前に出る金糸雀。 そして、振り向いた。 「気にしないで、どうってことないんだから」 「・・・！」 そんなつもりで、庇ったのではなかったのに。 庇ったことが、金糸雀を傷つけることになるなんて。 「ねえ」 男たちを「食べて」しまった金糸雀がくすくすと笑う。 男たちの姿は、影も形も、ない。 「ねえ、翡翠？」 「・・・」 『ガーディアン』が治安『判事』の命を狙う犯罪者を処理することは違法なことではない。むしろ彼らには幸運な出来事なのだ。突発的に、殺したいと思ったときに目の前の相手を殺せる、ありがたいアクシデントでしかない。 「あなたは優しいのね？」 「・・・それは、皮肉かい」 翡翠の頬に浮かぶのは、苦笑。優しいふりをした、冷酷な男だと、詰られているのだと思っているのだろう。 「あら」 金糸雀は、あくまでも楽しそうに笑った。 「あたしは嫌いな男に名前を教えたりしないわよ？」 「教えた後でキライになることはあるだろう？」 「ないわよ」 「どうして？」 「だって、あたしはもう死んでるんだもの」 我ながら、おかしな理屈だ。 「もう死んでいるからキライにならない」のなら、「もう死んでいるから好きにはならない」も成立するはずなのに。 「あなたは優しいのね？『普通』に、死なせてやりたかったのね？」 「・・・どうだろうね」 金糸雀に吸収された後、男たちはどうなるのだろうか？彼らは死んでいるのだろうか、それとも？ 「あたしね、もう気にしてないのよ？だから、あなたも気にしない方が良いわよ？」 「・・・君は、思い切りが良いんだね」 「・・・ありがと」 「強いね」と言わなかったのは、翡翠の思いやり。 強いから、気にしなくなったのではないのだから。 どうにもならないことを諦めるのは、強さではなく、弱さでもあるのだから。 「・・・ずっと気にして居たかったかな」 小さな金糸雀の声は、誰にも届かなかった。 |