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「なあ、とーちゃん？」 家に帰ってくるなり、着替えもせずにソファーへ座り込んだ一人息子の光を、東城宗佑はしげしげと見つめた。 珍しい。こいつは絶対に制服を着替えてからでないと落ち着かないから、といってビールで釣っても絶対にひっかからないというのに。 「嫌われるのってさ、どんな気分？」 「…なんで俺にソレを訊くかな」 ぶすっとした顔で答える宗佑に、光は苦笑して首を振った。 「いや、こんなこと訊けるのってとーちゃんぐらいじゃん？」 「涼子とか、他にももっと一杯嫌われてそうなヤツは居るだろ」 「んー、でもさあ、なんとなく父ちゃんに訊きたいなって思って」 「お前はどうなんだよ」 生意気で腹の立つことばかり、いや腹が立つことしか言わない息子に、ささやかな意趣返しをした、つもりだった。 「だって俺はずっと嫌われっぱなしだもん。いきなり嫌われる気分なんかわかんない」 「…んなことねーだろ」 「とーちゃん、俺に初めて会ったとき、こんなクソガキくたばれ、って思ったろ？」 否定できない。 事情があったと、あの時は知らなかったのだと、言い訳はいくらでもあった。 「…なんで知りたいんだよ、そんなこと」 「いや、何か今日いきなり嫌われてさ」 「じゃ、嫌われっぱなしでもないだろ」 「でも、初対面だぜ？」 「何て言われたんだよ」 「気持ち悪いって。」 「…それ、ほんとに気分が悪かっただけなんじゃねーの」 「でもさあ、俺の顔見てはっきり言ったもん、気持ち悪い、って」 「誰に言われたんだ」 「知らないけど、女。多分、高校生。あの制服、どっかで見たことあるんだけどなー」 首をかしげながら、通学に使っている鞄を取り上げようとした光を見て、宗佑は言った。 「おい、それで『嫌われる気分』は聞かなくても良いのか」 「んー？あ、うん、もういいや。ごめんね、ありがと」 にっこり笑った息子の顔を見て、宗佑はまた広げていた新聞に視線を戻した。 あれは、相当に怒ったな。 多分、肉体的には全く傷つけることなく、精神的には多少、いやかなり手ひどい仕返しをして、街から追い払う気だ。 一度光を本気で怒らせたら、警察だろうがなんだろうが、…宗佑だって、どうにもならない。 きっと、光の気を引きたかったのか、それとも本当に光を嫌っていたのか、それは本人にしかわからない。だが、決して触れてはいけない部分、というのは誰にでもあるのだ。 それが光なら尚更、一番触れて欲しくなかった部分に何の遠慮もなく、気遣いもなく、傍若無人に傷つけられたなら。 「…堅気のねーちゃんじゃなかったら、苦界に沈められても不思議じゃねーかもなー…」 傷つけられた、それが言い訳になるとは思わないけれど。 最後の一線だけは越えさせるつもりは、宗佑にもないけれど。 そこにだけはまだ、…すくなくとも、十年やそこらは、触れて欲しくなかった、と思う宗佑だった。 |