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いつもの職場、いつもの仕事量、いつものようにとても昼食など摂っていられない状況。 毎日の風景の中に混ざり込んできた異物。 「あ、異物」 先ほどから一人、条文を口に出してはブツブツ文句を言っていた翡翠の口から、するりとアタマに浮かんだ言葉がそのまま出てきてしまった。 「イブツってなんだよ」 「いや、何でもない、ちょっと仕事のことで」 まさか自分が「異物」呼ばわりまでされたとは思いもしない異物、孔雀はひょこひょこと翡翠の机の前までやってきた。 「お前、メシ喰った？」 「ちゃんと食べてきたよ」 「それ、もしかして朝飯のことか」 「他に何が」 時計を見た翡翠は、やっと今が昼飯時であることを思い出した。 「・・・ああ、昼御飯ならまだだよ」 「何だよ、ちゃんと喰わねえと体壊すぞ」 「うん、でもちょっと今それどころじゃなくてね」 ペン先で指して見せた先には、廃品回収にでも出せそうな程の資料、決裁待ちの書類、等々。 「この書類がないと、先方に迷惑がかかるからね」 治安『法廷』で決済を済ませなければ動かない案件は、案外たくさんあるのだ。被告を裁く審判『法廷』の動きに支障が出ることも多い。机上に視線を戻した翡翠の耳に入ってきた言葉は、意外にも翡翠の心を強く刺激し、突き刺した。 「・・・お前、馬鹿か？」 「・・・何だって？」 「そりゃ仕事が忙しいのもわかるけどよ、ハルサイに聞けば、殆ど毎日昼飯を食ってねーそうじゃん？お前、関取にでもなるつもりか？」 「まさか。第一、関取は朝食を食べずに稽古をしてから、食事を」 「今はそんなことを言ってんじゃねーだろ？」 孔雀のくせに、正論を言う。 孔雀のくせに。 「健康でなきゃ、遊びもできないし、もちろん仕事だって当然出来ないんだぞ」 「そりゃ、そうだけど・・・」 「わかってるようでお前は全然わかってねーんだよな」 強引に孔雀に手を掴まれ、治安『法廷』執務室から食堂へと連行される翡翠。途中で春菜事務官が心配そうな目で翡翠を見送っていたが、孔雀が翡翠に害をなそうとしているのではなく、食事を摂らせようとしているのを知っているのか、いつもなら親の仇同然に立ちふさがるのに、今はただ静かに見送っているだけだ。 「おばちゃん、本日のランチ三人前なー！」 「おや、今日は二人前しか食べないの？お腹痛いの？」 「んにゃ、俺も色々忙しくってさー」 ランチを二人前も食べれば、普通は十二分に上等なのだが。 翡翠は先ほどの会話を思い返していた。 確かに、健康でなければ遊びも出来ない、仕事もできない、それは当然だ。ごくごく当たり前で、反論のしようもない。 文句も言えない、全くの正論なのに、それなのに、何故だろう、孔雀に言われるともの凄く腹が立つのは。 相手が孔雀だからだろうか。 翡翠が未熟なだけなのだろうか。 人の心は、法律問題よりも難しい。 翡翠は溜息を吐いた。 |