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給料日 なにはなくとも 給料日。 「何だよ、それ」 「そんな気分なの」 横からグズグズ文句をつける萩を無視して、千歳は給与明細を広げた。やたらと印刷されている支給科目が多いが、実際に千歳に支給されているものは二、三しかない。徴収されている科目のほうが多いだろう。 「今日ばっかりは、犯人が捕まろうが逃げようがどうでもいいやって気になれるね」 「・・・千歳、お前それが本部ナンバーワンを争おうっていうトレーサーの台詞かよ」 「生活基盤がしっかりしてなきゃトレーサーだってただの貧乏人だい。・・・第一、僕が自分でナンバーワンになるんだなんて言った記憶は無いよ」 気がつけば、いつの間にかそうなっていただけだ。確かに、標準的な人間よりは幾分正義感も強いだろうし、運動能力も優れてはいるだろう。だが、巡察官としてみれば、正義感など持って当然のものだし、危険回避能力に優れていなければ、一月ともたない。誰かを、何かを守るためには、まず自分を守ることが出来なければならないのだ。 「千歳、今月は出動多かったもんなー」 「うん、指令もやたらと多かったしね。一月で五回以上も超界したのなんて初めてだよ」 「何回超界したんだよ」 「んーとね・・・七回、かな？」 「休暇はあった？」 「昨日休んだだけ」 「四日に一回の割か」 超界------ベータ・ゾーンからアルファ・ゾーンへ、逃亡した犯罪者を追って時空の壁を越えるのは、かなりの体力の消耗を伴う。特に、体の中の弱い部分に負担が掛かる。それは以前に負傷した古傷の部分であったり、関節であったり、・・・・・ 「あんまり腰が痛くて、昨日休んじゃったんだ」 「お前、腰弱いもんなあ・・・」 千歳は『警察庁』に入庁してから二年経った頃、作戦ミスのために瀕死の重傷を負ったことがある。頚椎から脊椎にかけて損傷を受け、運が悪ければそのまま寝たきり生活になるところだった。運良くほぼ完治し、現場へ復帰することが出来たが、超界の際の負担には時々悲鳴をあげることがある。無理をすれば寝たきりどころかその場で犯罪者に即死させられかねないために、人事部から定期健康診断とは別に診察を受けるように指示されているのである。 「でも、腰より財布が痛い・・・」 「・・・同感」 萩も給与明細に目を落としながら、溜息を吐いた。 「控除多すぎ」 「仕方ないよ、萩はモノを壊しすぎるんだ」 「だって壊れるんだもんな」 「もうちょっと周囲に気を配ればいいんだよ。ワレモノのくせに、何でそんなに無頓着なのかなあ」 「悪かったなっ！」 人呼んで「割れ物コンビ」の萩と伊万里は、捜査中の器物損壊率が異常に高い。検挙率は抜群に高いだけに、器物損壊率がせめて七割、半分まで下がってくれれば・・・と巡察部長の嘆きは総務部の嘆きでもある。弁償金の支出事務は調査や査定の手間が大変なのだ。 「そういう千歳だって、この間、研究施設を壊しただろ」 「あ、あれは、破壊も止むなしって・・・何だ、萩、控除の三分の一は財形貯蓄じゃん」 「え？ああ、万一の時に備えて」 巡察官はその職業柄、一般の生命保険機構からシャットアウトされている。事務官ならばまだ割高ながらも加入させてもらえるが、現場に出る巡察部に配属されると、契約拒否されてしまう。かろうじて官営の生命保険に加入できるが、それだけでは不足するのが実情だった。 「それで、足りる？」 「・・・ちょっとアシが出るな。でもこれ以上財形にまわすと、生活費が足らなくなるし。千歳は？」 「僕もだよ。毎月医療ローンで消えるのも辛いけど、先月でやっと終わったから、・・・」 そこで、千歳の手がぴくりと震えた。ひょいと覗き込んだ萩が、素っ頓狂な声を上げた。 「・・・げ、借金まだ残ってるじゃん！」 「何で？！先月で支払い完了って通知が来てたのにっ！」 「あ、そーだ、お前先月のグラネダ攻略で二泊三日したじゃん」 「・・・忘れてた・・・そうだった」 「受傷したヤツの中じゃお前が一番マシだったけどな。一回支払いか？」 「来月で終わりなんだけど・・・」 明日、いや今日、入院しないで済むという保障はどこにも、ない。 「・・・医療ローンで天引きされた月ってどれくらい？」 「されなかった月を数えたほうが早いかも・・・」 それが、優秀で期待されているトレーサーである証であるというのもいささか矛盾しているようだが、事実でもある。優秀な人間ほど、致死危険率の高い事案を回されるのだ。そして、より重傷を負う・・・このサイクルから外れた時が退職する時、あるいは殉職する時、なのだ。 「・・・借金生活、早くおわってくんないかなー・・・」 |