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「おい、翡翠」 孔雀が声をかけた時、翡翠はまだ寝ていた。 「おいってば！」 「・・・なに・・・」 「お前、朝はパンとご飯とどっち食うんだ」 「どっちも食べない・・・」 そこまで会話を続けたとき、がばっと翡翠は跳ね起きた。 「どうして君がここにいるんだ！」 翡翠の言う「ここ」とは『法廷』専用官舎の翡翠の部屋。当然、孔雀がいるはずのない場所だった。 「だから窓から入ったんだってば」 「だってばじゃない、ここは一体何階だと・・・」 いや、違う、責めるべきはそこではない。翡翠は慌てて言葉を変えた。 「どうして君はすぐに窓から入るんだ！」 「だって玄関閉まってたし」 「窓だって閉まってただろ？！」 「開けた」 窓の鍵がかかったまま、二枚とも綺麗に窓枠から外されていた。ここまで大掛かりに不法侵入されると、むしろ清々しいくらいだ。いや、全く清々しくなどないのだが。 「開けたって・・・！」 翡翠は息を吸い込んで、そのままぱったりとベッドへ倒れこんだ。 「・・・窓、直しておいてよね」 「なあ、この窓こんなにチャチでいーのか？」 「良くないよ。今度管理部に申告しておくから」 「あ、俺は入れるようにしておけよ」 「無茶言わないでよ」 そのまま、目を閉じる。いや、閉じようとしたとき、体を揺さぶられた。 「おい、起きろって」 「イヤだ、僕は寝るんだ」 「寝てていいから」 「起きろって言ったろ！」 「寝てていいから、うちに来い」 「何しに」 「チェッカー」 翡翠は器用に片目だけ開けて、孔雀を見上げた。先日来、孔雀はチェッカーというゲームが非常にお気に召したようだ。暇があれば周囲の人間にチェッカー勝負を挑んで、迷惑をかけていて、時々治安『法廷』にまで抗議の電話が入ってくるくらいなのだ。 「寝ながらどうやってチェッカーするのさ」 「チェッカーするのは俺とお袋だよ」 「じゃあ僕は必要ないだろ」 「俺が困ったときのための軍師だ」 「寝てたら役に立たないじゃない」 「必要なときだけ起こすから」 疲れて寝ている人間を無理矢理連れ去って、おまけに「必要なときだけ起こす」？いっそずっと起こしておいてくれたほうがまだしもだ。 「イヤだよ、面倒くさい。ゲームくらい自分で考えなさい」 「俺が考えられると思うか？」 「・・・思わない」 「俺が自分で考えて、お袋に太刀打ちできると思うか？」 「・・・思わない」 「な？」 孔雀のアルファ・ゾーンの母は、優しそうなふんわりした雰囲気と相違して、実はどうしてなかなかの策士なのだ。孔雀は当然のこと、翡翠と互角にチェスのプレイが出来るのは、翡翠の周囲では彼女だけだったりする。 「だから来い」 「・・・そのゲーム、何か賭けてる？」 「うん、お前の来月の給料の十パーセント」 「勝手に人の給料を賭けるんじゃない！」 「大丈夫、成立したのは俺の来月の給料の五パーセントだから」 「それでどうして僕の給料の十パーセントが関係するんだ」 「俺が負けたらどうせお前んとこ来てメシ食うことになるんだから、一緒だろ？」 どういう理屈だ。しかも、孔雀の給料の五パーセントと翡翠の給料の十パーセントは、軽く四倍以上の差がある。それが当然のようにイコールで結ばれているのも納得がいかない。翡翠は泣きたくなったが、どこまでも理不尽な孔雀の言い分が現実のものになることだけは確かだと認めるよりほかなかった。 「ほれ、行くぞ。枕も持って行くか？」 「いいよ、着替えていくから・・・」 まあ、彼女は本当に息子の給料を巻き上げるような母親ではないことだけは確かだ。休みの間、息子を家事の手伝いにこき使うだけで終わることも確かだろう。翡翠が行けば、「息子の友人」として色々ともてなしてくれることも確かだ。 しかし。 「人の給料勝手に賭けないでよね・・・」 「いーじゃん、その方が翡翠さんも真剣になるわよねっておふくろが言ってた」 「鬼！」 |