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「おい、ルカ？」 「はーい、なんです？」 少し離れたところから声がする。マリアは声がした方向へ歩いて行き、相棒のルカを見つけだした。 「こんなところで何やってんだよ？」 「昨日は調べもので帰り損ねちゃったんで、泊まったんですよ」 ソファーの上で伸びをし、あくびをするルカの体は殆どソファーにぴったりだ。このソファーは別にルカの身長に合わせて買ったものでもないのだが、自然とルカが一番よく使うことになる。 「お前、ラパス公用語の他に何か喋ることができるか？」 「ええ、少しだけなら。単語を少し知っている程度、っていうのも多いですけど」 「アデュー、ってどういう意味だ？ってーか、オルボワールとどう違うんだ」 「僕とマリアさんが別れる時に使うのが、オルボワールです」 「つまり、二度とお前のツラなんか見たくないってことか？」 「ちょっとマリアさん、僕のこと、そんな風に思ってるんですか？！」 「いや、お前がそう思っていそうだと思って」 「僕がそんなこと言ったら殴り殺そうとするくせに！」 「そこまではしねえよ、ちょっと蹴り回すだけだ」 「・・・もういいです」 ルカはちょっと拗ねたようにマリアを睨んだが、二人とも、どちらも本気ではないことは承知の上での軽口だ。ソファーから体を起こし、ルカはもう一度マリアを見上げた。 「本当に、冗談抜きで、僕とマリアさんが別れる時に使うのが、オルボワール、です」 「またな、とか、じゃあな、ってことか」 「そうです。軽く、バイバイ、って手を振る感じですかねえ」 「じゃ、アデューは？」 「・・・それを答える前に、訊いて良いですか？」 「何を」 「誰からそれを？」 「クランのバカ息子からきたメールの最後に『アデュー！』って。何かウダウダ書いてあったけど、要するに他の女と婚約が決まったってお知らせメールをわざわざ送ってきたみたいだな」 結婚の申し込みまで受けていたのだから、（ただしマリアにはそれを受ける気はもちろん、本当に結婚を申し込まれていると信じていなかったくらいだが）、「お知らせメール」のわけはなかろうに。つくづくクラン財閥の息子は報われないと言うか、そもそも女性を見る目がないというか、と複雑な気持ちを胸に隠しながら、ルカはほっと溜息を吐いた。 もし、マフィアやヒットマンからの言葉なら、安穏とはしていられなかったからだ。 「言ってしまえば、同じく『さようなら』なんですけどね。でも、オルボワールは再会を前提とした別れの言葉ですが、アデューはもっと重いんです」 「二度と会えない別れとかか？」 嬉しそうにマリアの声が弾む。ルカは苦笑して、頷いた。 「別れる男女の最後の挨拶とか、・・・二度と会えない別れ、故人との別れ・・・そんなときに使われる、最期の挨拶、ですねえ・・・」 ルカにはどうしても、「アデュー」を言えなかった人たちが居る。 言えなかった。 どうしても、言いたくなかった。彼らの死を認めることは、彼らの命を無惨にむしり取った犯人に復讐を遂げてからだと、その後でなければ決して「アデュー」とは言うまい、と頑なに「最期の別れ」を拒んだ。 蓋を開けてみれば、・・・ 「・・・ルカ？」 不審そうなマリアの声がする。ルカは笑顔を浮かべた。 「何ですか、マリアさん？」 「・・・いや、何でもない」 マリアは何も訊かない。 自分自身に、訊かれれば今でも痛みを感じる、あるいは痛みを感じるまではなくとも、訊かれて嬉しいことではないことがたくさん、あるから。だから、余程のことがない限り、マリアから過去のことを訊ねることはない。 たまには訊いてみてくれても良いんですよ。 ルカは心の中で、そっと呟いた。 |