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「なあ、千歳」 『警察庁』本部庁舎から退庁しようとしたとき、ひょっこり現れた孔雀が千歳の袖をひいた。 「あれ、久しぶりだね、孔雀。最近姿を見せなかったけど、元気？」 「だって『警察庁』に来たらチョウチョが怒って翡翠が騒ぐから」 チョウチョというのは人事部の揚羽係長のことだな、と千歳は内心で「氷の女」と異名を取る才媛の顔を思い浮かべていた。彼女も半分以上は本気で怒っているのだろうが、ほんのわずかな部分では、孔雀の存在を認めているはずだ。何故なら、孔雀と翡翠が喧嘩をしている姿を冷たく見据えている瞳の中に、ほんの少し、暖かい色が浮かんでいるのを見てしまったから。 もちろん、そんな怖いことを揚羽本人に言うほど千歳もバカではない。 「で、どうしたの、今日は？」 「お前らさ、飲み放題とか食い放題とか、そういう店ってよく行くだろ？どっか良い店があったら教えてもらおうと思ってさ」 『トレーサー』は体力がまず第一だ。もちろん体術や射撃術などの技術も大事だが、体力がなければそれらの全てをこなし、一般市民を守り、仲間を守り、自らの命をも守るなどということはできない。 それだけに、よく食べるのだ。 口の悪い友人は、「馬の方がまだ小食だ」などという程に、よく食べる。それだけに、宴会やちょっとした飲み会ではなるべく安く、しかも美味いものを食べさせてくれる店をよく吟味して選ばなければならない。安いだけでもだめ、美味いだけでもだめ。なかなかに難しいのだ。 「えーと、時々使う店とか、いくつか知ってるけど、孔雀は一体何が食べたいんだい？」 「ケーキ」 「・・・ケーキ？」 「うん。ダメか？」 「うーん、僕が知ってるのは食事する目的で行く所ばっかりだから、ケーキが食べたいんなら、女の子たちに訊いた方が良いなあ・・・」 「なるべくたくさん喰えて、美味いとこな」 「それ、急ぐの？」 「いや、そんなには」 「じゃ、二、三日待っててくれる？『警察庁』の女の子たちに、どこか良い店があるかどうか、訊いてみるから」 「うん、よろしくな」 千歳は笑顔で首を振ってから、ふと、そのまま横に倒した。 「・・・普通のケーキバイキングじゃだめなの？」 「去年までは決まった場所に行ってたんだけどな」 「潰れたの？」 「拒絶された。」 「・・・拒絶って」 「二年連続で俺たちがケーキを食い尽くしたって文句言いやがんだ」 そういえば。 治安『判事』と『カラーズ』というカクテルバーの主人が無理矢理、某有名ホテルのケーキバイキングに駆り出されて、しかもそのホテルで用意していたケーキを全て食い尽くしたとかなんとかいう話を聞いたことがあった。その時千歳は、流石にそれはウソか冗談で、孔雀ならそれくらい喰うだろうというたとえ話だと思って適当に聞き流していたのだが。 本当だったのか。 「・・・あのさ、孔雀」 「なに」 「訊いてみるけどさ、出来れば何件か梯子するようにした方がいいと思うよ。あんまりやりすぎると、全部の店から出入り禁止扱いにされちゃうかもしれないしさ」 「そうかな」 「多分ね」 「そっか」 絶対にね。 僕ならそうするから。 千歳はにっこり笑って、言葉を飲み下すのだった。 |