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「ちくしょう」 聞き覚えのある声がふと千里の耳に入った。 この声は、あの少年の。 「別に欠点取ったわけじゃなし、いーだろ、別に」 こちらも千里の記憶にある声だ。あの少年、東城光の父親、東城宗佑のものだ。 そういえば、そろそろ定期テストが終わる頃だろうか、と千里は現在の季節と自分自身の記憶を呼び起こして、親子の会話の内容について納得した。恐らく、少年にとっては不本意だった成績を、父親が気にするな、と励ましてやっているのだろう。微笑ましい光景に思わず頬が緩みそうになるのを抑えて、意識を二人の会話から反らそうとしたとき、光が怒鳴った。 「いーわけねーだろ！他の科目は全部良かったのに、社会だけ九十点切っちまったんだから！」 「八十五点取れて、何が不満なんだよ？」 「あのなっ、俺が怒ってんのは、点数自体よりも、そもそも社会の勉強が全然出来なかったことに腹立ててんの、わかってる？！」 「しょうがねえだろ、文句はボスに言えよ。俺一人じゃ手の回らねえ厄介な仕事を押しつけてくるからだ」 「だからってテスト期間中の息子に手伝わせるのかよ？！」 「いーじゃん、どうせお前アタマ良いし、ジュクだの渋谷だのの情報を手に入れるくらい、訳ねえだろ」 「訳ねえことないよっ、一体どれだけのダチに声かけて回ったと思ってんだよ！」 東城宗佑と親しい、千里の先輩によれば、彼は私立探偵らしい。そして、普段はこの世で最低に怠惰で役立たずだが、一度本気を出せば、そこいらの刑事なんぞは太刀打ち出来ないほどの勘の鋭さと行動力と、勇気を持っている、と。 そんな父親の仕事を手伝える光の持つ情報網とはーーー思わず千里が振り返ったとき、宗佑は機嫌が悪くてがなり立てている息子の気分を和らげようとするようにぽんぽんと肩を叩き、言ったものだ。 「でもな、もうテストは終わったんだろ？」 「当たり前だろ」 「過ぎてしまったことを悔やむな・・・」 「アンタが言うなッ！！」 赤の他人の千里でさえ、同じ科白を思わず口の中で呟いたくらいだ。当人の光の怒りは、沸点を軽く超えて、水蒸気爆発でも起こしているのではないだろうか。 「うわッ、蹴るなよ！」 「避けんなよ、当たんねーだろーが！」 「暴力反対！」 新宿のど真ん中で大喧嘩をしている親子を引き離すべきだろうか、喧嘩を止めろと仲裁に入るべきだろうか。 一瞬悩んだが、次の瞬間、千里は踵を返して本来の目的地へ向かった。 今は勤務中、勤務中、勤務中。 俺は少年課所属だ、少年課だよ、少年課。 大人みたいな少年と、子供みたいな父親の喧嘩をいちいち仲裁に入って、とばっちりを受けて光の蹴りを受けたり大人げない父親のかなり本気のパンチを後頭部や背中に食らうくらいなら、知らないふりをしていたい。 それに。 どうせ、あの親子の喧嘩なんか、長続きしやしないんだ。 お互いにお互いを信じて、親子として強く結ばれているのだから。 さあ、今日も頑張るぞ、と心の中で気合いを入れる千里の後ろでは、親子がまだ喧嘩を続けていた。 「大体アンタいっつもそうじゃん、俺に手伝わせて自分は楽しようとするだろ！」 「な、何をいうか、子供が親の手伝いをすることに何の間違いがある！」 「アンタの主成分は間違いと無責任で出来てんじゃねーか！」 「なっ、なんだとぅ？！」 |