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「水臭いなあ」 孔雀が呟いた時、志野の顔がさっと曇った。 「孔雀さん、カクテルに水が混じっていると？」 「は？」 たった今出したばかりのグラスには、もう一滴も残っていない。味を確認しようにも、グラスを逆さまにして舌を突っ込みでもしない限り、もうどうしようもない。 「何が？」 「だって孔雀さん、今、水臭いなあって・・・」 「ああ、違う違う。カクテルは美味かったよ」 「そうですか」 志野はほっと胸を撫で下ろした。 ふんわりした、笑顔の優しい「どこから見ても二代目の若主人」風の志野だが、自分自身の選んだ道に対しては孔雀や翡翠ですら感心し、時に驚かされることがあるほど、誇り高い一面を持っているのだ。 「・・・あの」 「なに」 「一体何が水臭かったのか、よろしければ教えていただけませんか？」 カクテルでなければ料理か、それとも全く志野とは関係のない事柄についての独り言だったのか。もし志野に関係のないことだったのであれば、あまりしつこく追求することはお客様に対して良い行為とは言えない。・・・その「お客様」がたとえ食い逃げ・飲み逃げ常習犯の孔雀であったとしても。 「や、別にお前の料理が悪いとかじゃないから安心しろ」 「そうですか」 志野は微笑み、それ以上訊ねようとはしなかったが、反対に、孔雀が自分から話し始めた。 「翡翠がこの間さ、『警察庁』の玄関ホールで術師に催眠術をかけられそうになった話、知ってるか？」 「いえ、知りませんでした・・・翡翠さん、お怪我とかは」 「ないない。無傷だって」 「それは良かったです」 「良かねーよ」 孔雀はぶすっとした顔でグラスを志野に差し出した。「おかわり」ということか。今夜は一体何杯飲む気なのだろうか。十杯は軽く超えていると思うのだが。 「だってさ、考えてもみろよ。その時に俺が側にいてみろ、治安『判事』を狙った、ってことでブチ殺してやることができたのにさ」 「・・・あの、それ、確か治安『判事』を『狙った』、じゃなくて『命を狙った』場合に限られてませんでしたっけ？」 「似たよーなモンだろ」 全然似てませんから。 いや、ちょっとだけ似てますけど、ただ狙うのと命を狙うのでは天と地ほどの違いがありますから。 「翡翠も知らせてくれたら良いのに、水臭い・・・」 「でも、犯人はその場で捕まえられたのでは？」 「そうだよ」 「じゃあいくら孔雀さんだって、すでに逮捕された人間相手だったら、『特級』だったところで手の下しようがないでしょう？」 「堅いこというなって」 いえ、全然堅くありませんから。 むしろ、「凶悪な『ガーディアン』だ」といって差別したり店への出入り禁止申請をしたりしないで居るほど、柔らかすぎるくらいに柔らかい人間ですから・・・！ 「でも、俺だっていっつも翡翠にくっついてるわけにもいかねーしさー」 「・・・そうですね・・・」 他に言うべき言葉はない。 志野は浮かべた微笑みがひきつっていなかったかどうか、自信がなかった。 |